Jin Haneoka

羽岡 仁Official Website

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2018-11-12
 
みなさ〰ん お元気ですか〰!
2018年も、1日1日が愛おしくなる季節となりました。
今年も思い残す事のないように、日々全力を尽くして新年を迎えたいと願っています。
12月には大きなイベントがあり、今そのためのコーラスのレッスンをしています。
これはよく冗談で、命がけのレッスンと言っていましたが、年々冗談でもない感じに近づいてきています。(笑)
が、しかし、ここからが正念場、本当に見違えるほどの変身を遂げて本番を迎える合唱団になっていきます。
そして本番、その瞬間、最高の感動が会場全体から湧き上がります。
そこでいただいたエネルギーを2019年1月5日土曜日、南青山マンダラに持って行きます。
僕は今、以前にも増して、円熟したくないと思っています。
ですから、このライブも挑戦です。
現役バリバリのまゝ、颯爽と次なる次元へ旅立って行かれたシャルル アズナブールさんに倣って、永遠に挑戦し続けたいと思っています。
これからが人生で一番輝く、最高の季節だと思っています。
なので、2019年1月5日土曜日には、是非とも南青山マンダラでお会いしましょう!
よろしくお願いいたしま〰す!
 
羽岡仁

2018-10-25
 
みなさ〰んお元気ですか!
昨日、僕は僕の最高の恩師のお誕生日の宴で歌わせていただきました。
その場は本当に最高という言葉でしか表現出来ないほど、出席の皆さんの感謝と歓びと和みに満たされた時空間となりました。
僕も歌っている最中に、その場に吹く風に乗せられて、天空に舞い上がりそうな気持ちになりながらのひと時でした。
1970年代のある日、突如として神戸新聞の文化欄に5段抜きで、「メシアの歌い手はねおか仁」と紹介され、あれよあれよという間に当時のビクターレコードからデビューして40数年、本当にあっという間に時は過ぎて行きました。
その間に出会った、おびただしい人々との出会いの中で、僕はいろんな「最高」をいただきました。
しかし、昨日お誕生日の席で歌わせていただいた我が人生の師からいただいたご恩は、格別の「最高」だったなぁと思いながら、危うく涙が出そうになりながら歌わせていただきました。
「帰郷」、あぁ、やっとここに(恩師の許に)辿り着いた、という想いと、やっとここに帰って来た、という想いが一つになっていながら矛盾しない、実に不思議な感覚の中で歌わせていただきました。
昨日から、僕の新しい人生が始まりました。
昨日から、僕の新しい挑戦が始まりました。
昨日から、僕の未来がスタートしました。
改めまして、
みなさ〰ん!
よろしくお願い申し上げま〰す!
 
羽岡仁

2018-10-04
 
皆さん!
お元気ですか!
9月17日に東京公演で来日されたシャルルアズナブールさんが、10月1日、94年の生涯を終えて、天国に帰られました。
僕はアズナブールさんとは2度ほどお会いしただけだけれど、僕にとってアズナブールさんは大恩人でした。
僕がデビューしたきっかけが、神戸の小さなフランス料理店で、アズナブールさんの曲を歌って評判になり、それが東京まで伝わったのが始まりだったからです。
僕が影響を受けたアーティストはあまりにもたくさんいて、全部はとてもご紹介できませんが、しいて挙げれば、ビートルズとシャルルアズナブールということになります。
シャルル アズナブールの世界には、憂いに満ちた人生の中で、必死に生きる男の生きざまが数多く歌われています。
その光と影に魅了されて、僕は歌を作り、歌い始めました。
そして彼が召されたその日に、僕はもう一度じっくりとアズナブールを味わい、彼が僕に伝えようとしたメッセージに気づきました。
それは、ややもすると、自分以外の人や世界に、きれいな形を求めてしまう僕に、この不足と不備だらけの世界で、人は、時におごり高ぶり、時につまずき、間違い、嘆き悲しみ、苦しみながら生きている。
その市井の人々の生身の人生を思い切り抱きしめ、愛しなさい…。
僕はそのメッセージに打ちのめされました。
人生の理想を求めることはとても大切だと思っていますし、それは僕のメインテーマでもあります。
しかし、未熟な僕は世界に自分の理想を当てはめようとして、時に愛をないがしろにしてきてしまったという後悔が湧いてきました。
僕は、シャルル アズナブールさんにまたも大きなプレゼントをもらったようです。
シャルル アズナブールさん、
お疲れ様でした。
見事な人生でした!
本当にありがとうございました。
またいつかお会いしましょう。
 
羽岡仁

2018-09-18
 
みなさ〰ん、お元気ですか〰!
昨日、大勢の方のお誕生会で一曲歌わせていただきました。
1992年に作った「帰郷」という歌でした。
しかも僕が生涯、人生の師と仰ぐ方の傍らで歌わせてもらいました。
このたった一曲でワンステージ、いや言葉で表せられないほどの時間感覚と歌った感がありました。
歌い終わったとき、胸の奥から想いが込み上げてきて、涙が溢れ出てきました。
人間がこの世に生まれて、やがてはこの世を去って行くまでの本当に限られた時間
今の僕にとっては切ないほど愛おしい時間の中で、こうして出会えたお一人お一人に、
出会ってくれてありがとう!
生まれてきてくれてありがとう!
という想いが溢れ出てきました。
そして、僕の中にこんな想いがあることを教えてくださり、引き出してくださった我が師に対して、ありがたさと、お応え出来てない申し訳なさで、さらにもっと胸の奥深くから、止めどなく溢れてくる涙を止められませんでした。
お誕生会を終えて帰途に着いた時。
残された人生の時間を、悔いなく生きるというレベルを超えて、これからもっと日々挑戦し続け、最高の人生のときにしようと、大きな希望に胸膨らませながら電車に乗って帰りました。
最高の歌を作って歌いま〰す!
よろしくお願いしま〰す!
 
羽岡仁

みなさ〰ん!
お元気ですか〰!
今年の夏も、僕がテーマソング等を担当させてもらった子どもたちの夏イベントが、大盛況のうちに終わりました。
元気に歌って踊っている子どもたちの姿を見ていると、あぁ、本当にこの子たちが未来を作っていくんだ、この子たちこそ未来なんだ、という想いが込み上げてきて、久しぶりに胸が熱くなりました。
それとともに、長い間追い求めてきて、最近少しずつ見え隠れし始めていた僕の「本業」が、今回はっきりしてきたなぁって思わせてもらいました。
僕が音楽を通して果たしたかったことは、突き詰めれば、みなさんに元気になってもらうことに尽きると思いました。
音楽を通して、いろんな仕事をしてきて、やっとたどり着いたところはあまりにもシンプルな結論ですが、ひと言で元気になってもらうとは言っても、作るとなると中々大変で、いつも七転八倒しながら辛うじて間に合った、の連続です。
そして一つが終わった今、もう次が始まっています。
こうしてまた七転八倒しながらの日々が続きます。
それではまたお会いする日を楽しみに、ご機嫌よう!
 
羽岡仁

2018-06-13
 
皆さ〰ん、お元気ですか〰!
先日ご紹介した、僕の生徒さんだった(そして今またレッスンを受けはじめた)岩田元君が、主人公竹ノ内役で出演しているミュージカル、「夢に向かって ブルースな日々」を観てきました!
夢に向かって必死に生きる、売れない役者たちの、かなりドタバタな喜劇だけど、時折のぞかせる素顔から本心がこぼれ出てきたりして、不意を突かれて思わずジワッとさせられるシーンもあったりで、ケッコウお腹いっぱいにしてくれるお芝居でした。
それに、狂言回しを生演奏と生歌で進めていくのもgoodで、名だたるミュージカルをパロって歌ったり、流したりと、気がついたらグィッと引っ張り込まれたりして、エッ!もうエンディングという感じになるくらい楽しませてくれました。
そして、ラストに主人公竹ノ内が手紙で胸の内を明かすシーンには、図らずも「いいね」の連続押しをしてしまっていました。
という訳で、皆さんにも是非オススメしたいです。
以上、ご報告でした!
よろしくお願いしま〰す!
 
羽岡仁

2018-05-30
 
皆さ〰ん、お元気ですか〰!
今日は、僕の生徒さんのニュースをお伝えします。
随分前にアン ミュージックスクールで僕が担当していた生徒さんの一人、岩田元君が、この度ミュージカル「夢に向かって ブルースな日々」で、主人公 竹ノ内役での出演が決定しました。
岩田元君はアンの生徒の時にミュージカル「レ ミゼラブル」のオーディションに合格、それを皮切りに数多くのミュージカルに出演し、さらにフィールドを広げてオペラにも出演して、プロとしてのキャリアを広げていきました。
その後、人柄の良さと、音楽に対する誠実な姿勢を買われ、日本を代表するコーラスグループの一つ、デュークエイセスメンバーの吉田一彦氏が引退された後の新メンバーとして抜擢され、3年間の活動の後、全国のファンに惜しまれながら、昨年いっぱいをもってグループ解散となりました。
そして再びソロアーティストとして、今回、ミュージカル「夢に向かって ブルースな日々」の主演決定となりました!
皆さ〰ん!よろしくお願いしま〰す!
岩田君は、6/11,6/15〜6/17に出演するそうです。
僕も観に行きます!
 
羽岡仁
 
岩田元君ホームページ

2018-05-15
 
皆さんお元気ですか!
僕はこの数週間、通常のレッスンやアンミュージックスクールでの授業の他、依頼を受けた楽曲制作やイベントでのコーラスの練習をサポートしたりして、かなりタイトな日々を過ごしていました。
これはいつも言ってることですが、どんな仕事でも、必ず新しい発見があるものだなぁと、今回もつくづく思わせてもらいました。
今回のコーラスの練習は、音楽的な難易度というより、テーマのリアリティーをつかんで歌うことの難易度が高い曲である上に、普通に考えたら絶望的に練習日が少なく、メンバーのスケジュールが全員揃うことがほぼないという条件で始まりました。
テーマのメッセージが深く、しかも壮大な世界観を持った曲を、青年たちがどう歌うのか、と考えた時、それは必要最低限のノウハウやスキルやテクニックはレッスン出来るとして、それ以上を求めても、この条件の中で得られるものではない、と思い定めました。
一人一人を信じよう、年齢も音楽的指向も経験もバラバラな青年たち一人一人を受け止めて、徹底的にこの曲の世界にリアリティーを持ってもらえるようにサポートしようとレッスンの方向性を定めました。
練習は一回一回真剣勝負でした。
そうした中で、次第に青年たちの歌う顔は輝き始め、全身からエネルギーが出てくるのが感じられるようになってきました。
そして迎えたリハーサルでは練習を始めた時の彼らとは全く違う、迫力さえ感じさせる歌になっていました。
客席で本番を聴き終わった時、僕は思わず手が痛いほど拍手していました。
これまでも、僕はそれなりに生徒さんを信じてレッスンしてきたつもりでした。
しかし今回僕は、信じるということは、この人を信じてあの人はもうちょっと、という感覚ではなくて、人はどこまでも成長していく本質を持った存在として信じるという感覚であって、分け隔てがなく、あくまでもその重心は自分ではなく相手にあるという感覚を、実感させてもらいました。
そして、この実感をそのままに世界と向かい合いたいと思っています。
すべてを信じられる、新しい希望が湧いてきました。
この希望をくれたコーラスの皆さん、本当にありがとうございました。
今日から今回もらえた新しい感覚で音楽作りに向かいます!
皆さん、よろしくお願いします!
 
羽岡仁

2018-04-19
 
お元気ですか?
4月に入ってからこの期間は、日頃のレッスンに加え、依頼をいただいた曲の作曲、音作り、またコーラスのレッスンやサポートなどで、とっても忙しく働かせていただきました。
どの仕事をとっても、僕にとって、二度とない、かけがえのない、人生の「とき」となりました。
そして全ての仕事の中で、人には誰にも、必ず開かれるのを待っている可能性があることを教えてもらいました。
そのような発見はとても新鮮で、毎回新たな感動をもらっています。
そして仕事からも、またそこに関わる皆さんからもたっぷり元気をいただいています。
僕の中からエネルギーを引き出してもらっています。
だから、今僕は与えられた出会いと出来事の豊かな意味を受け止め、大切に味わって生きたいと思っています。
そこには当然試練もあります。
むしろ試練の連続と言えます。
しかし、壁にぶち当たり、八方塞がりに見えても、そこから逃げないで、捨てないで、諦めないで探し求め続ければ必ず道がある。
はじめに思い描いてたようにはならなくても、こうもできるというような道が、思わぬところから開かれたりします。
否定的になっている自分を励まして、よし、ここからが勝負だと立ち上がれば、そこからが始まりだったってこともたくさん経験させてもらいました。
そしてそれは今回、あるイベントでのコーラスで、本番を迎え、ゴールして控え室に帰って来た時、メンバーさんの一人一人に、本当にありがとう!という押さえきれない気持ちが心の底から湧き上がってきて、思わず「素晴らしかった!」と爆発して叫んでしまいました。
そして、その次の日からまた新しい挑戦が始まっています。
生かされて生きる実感が込み上げてきたら、そこからは未来に向かってワクワクする挑戦です!
だから幸せです!
皆さんもお元気で!
ご機嫌よう!
またお会いしましょう!
よろしくお願いします!
 
羽岡仁

2018-03-28

暖かい春ですねー!
我が家の前の桜は今年も満開になりました!
少し前にはあんなに雪が降って、これじゃあ凍えて、枯れてしまうんじゃないかと気をもんだりしてたのに、こんなに見事に咲き誇っています。
じっと見てると、桜の喜びを感じてしまいます。
桜の木全体から、花びらの色のように淡く清楚な喜びが醸し出されています。
昔、『野生の王国』という番組の主題歌「愛のシンフォニー」を担当しました。
「新しい いのちが心に芽生えたら 君のまわりに あふれてる優しさが見えるよ
昨日 生まれたばかりの夢が 大きく育つとき みんな自由を奏で合うのさ 愛のシンフォニー…」
今自然は春の喜びを謳歌しています。
僕も音楽を通して、生かされて生きる歓びを思いっきり謳歌したいと思っています。
よろしくお願いしま〰す!
 
羽岡仁

2018-03-16
 
平昌パラリンピック!いいですねー!
僕はオリンピックに続きニュースで追っかけてます。
金銀銅、すべてのメダルを獲得した村岡桃佳、スノボの成田緑夢の銅メダル、アルペンの森井大輝の銀メダル。
オリンピックもそうだったけど、パラリンピックは、オリンピックとはまた一味違った選手たちの人生ドラマに、本当に感動と勇気もらっています。
僕も、小さい頃柔道をやっていたんだけど、中学卒業後の春休みに、初めてのスケートで膝を脱臼して大量に内出血する大ケガをしてしまい、柔道を断念、おまけに高校に入っても体育の授業中に同じ左膝を脱臼、好きだったスポーツを完全に諦めた経緯もあるので、選手たちの活躍には泣かされっぱなしの毎日です。
ただ、僕はスポーツに将来の夢を見てた一方で、小さい頃から音楽が好きで、中学ではブラスバンド部に熱中してたこともあって、そのケガがきっかけになって、その後、音楽の道を歩くことになっていきました。
生まれつきの障害を持った選手は、どんなに大きな壁を、いくつ乗り越えてきたのだろうと思うとともに、病気や事故などで障害を持つことになった選手は、そこから競技に出会い、心を立て直し、人一倍練習を積み、パラリンピックを目指すところまで来た上にメダルを獲得する
ものすごく励まされています。
恥ずかしながら、僕は今も試練に出会うと弱気になり、何かのせいにして言い訳して逃げたくなる気持ちと必死に戦っています。
だからパラリンピックの選手たちの、自分の弱気との戦いに打ち勝って、尚且つ自分の限界に挑戦する姿は本当に美しいと思います。
それと、もう一つの感動は、例えば村岡桃佳さんが優勝を決めた時に画面に映し出されたお父さんの涙、陰日なたになって支えてきたお父さんの気持ちが伝わってきて、思わず僕も一緒に泣いてしまいました。
どの選手のインタビューも、必ず感謝の言葉があふれてくる。
相手が家族であれ、指導してくれた師であれ、そのあふれ出る言葉は美しい。
こういうシーンを見ていると、僕にはなかなかできないけど、やっぱり人間の一番美しい心は感謝だなぁ、とあらためて感じてしまいました。
 
羽岡仁

2018-03-12
 
みなさん、3.11はいかが過ごされましたか?
昨日僕は家で仕事をしていたんだけど、陸前高田の友人がメールで知らせてくれた、東日本大震災追悼式での祈りの時間に合わせて、14:30に祈らせてもらいました。
その時、東北の友人たちの顔が浮かんできて、しばらくの間、想いは東北を旅していました。
ふと現実に戻った時、今の仕事とあの震災はつながっている、という亡くなられた魂のメッセージを確かに聞いた感じがしました。
すると心がスーッと軽くなり、内側からエネルギーが湧いてきて、元気に仕事に戻れました。
震災で犠牲になられた方々の魂から、強いエネルギーをいただいた気がしました。
年々過去に遠ざかっていく震災に想いを馳せることは、一見後ろ向きのように見えるけど、あの経験から僕は、日頃忘れていた、単なる言葉ではなく、実感としての生命の尊さや絆のかけがえのなさ、また現実を正面から受け止めて、自分自身が引き受けて生きることの大切さに気づかせてもらったので、この日は思い切り前向きな時となっています。
だから僕にとって、震災を思うことは過去に戻ることではなくて、未来を創ることにつながっていきます。
今作ってる曲は、これを歌う人に希望を沸き立たせて欲しい曲なので、3.11にもらったエネルギーをそのまま注いで打ち込みの作業を続けました。
おかげ様で今は、ボンヤリ完成が見えるところまできて、ワクワクしています。
あと少しで、誰にというわけでもなく、ありがとう!と言う日が近づいてきています。
その日に向かって、全力を尽くして仕事したいと思っています。
よろしくお願いします!
 
羽岡仁

2018-02-23
 
みなさん!オリンピック見てますか?
僕もニュースで追っかけてます。
パシュートの高木姉妹、佐藤さん、菊池さん、また500メートルの小平さんも感動でした!
やっぱりオリンピックの金メダルを取った選手のインタビューは、なるほど、とうなってしまうものばかりで、特に今回の羽生結弦選手の話は、試練を受け止める強い心、とりわけ、大けがをした後、治療をしながら、本番に間に合わないと分かって、治ってないけど練習を始めて、決勝まで痛み止めを飲みながら演技したというくだりには、思わず拍手してしまいました。
自分の心の中にある理想の走りや演技を、現実に氷上で形にするってどういうことなんだろうと思ってしまいました。
心の中では重力もないので、走りも演技もそれに伴う疲労も危険もなく、思い通りに動けるわけだけど、それをその通り、今度は現実に動くとなると、どれほどの鍛錬と準備をしなければならないのだろう
その答えを選手たちはそれぞれに語ってくれました。
パシュートチームがこの1年間に300日寝食を共にしながら練習したということ、小平さんが様々な困難にめげずに、オランダ留学をして自分の理想形のスタイルを作り上げたこと、また羽生選手は前回優勝したにもかかわらず、足りなかった演技へのリベンジを果たそうと、自分の楽しみは諦めて、全ての時間をスケートに当てて練習したということ。
そしてここに上げた全選手は共通して、試練から逃げない、希望を捨てない、挑戦を諦めない姿勢に貫かれていることを言外に伝えてくれました。
この選手たちからみれば、僕はその足元にも及ばないけれど、曲を作る道筋と、選手たちの準備や努力、そしてやり遂げる心構えとは通じるものがあるなぁ、と感じています。
ちなみに僕はいつも、曲を聴いてくださるみなさんが、元気になって勇気を奮い立たせ、その人に与えられた最高の人生を生きていく姿を思い描きながら、歌や音楽を、七転八倒しながら作らせてもらっています。
またそうさせてもらうことが、僕にとって最高の幸せだと感じています。
僕の金メダルはみなさんの元気と歓喜であることは間違いありません。
まだまだこれから、魂の奮える歓喜を目指してガンバリますので、
よろしくお願いしま〰︎す!
 
羽岡仁

2018-01-18
 
新年明けましておめでとうございます。
とは言っても、もうすっかりお正月気分は抜けちゃいましたね。
僕は5日にライブがあって、その一日でたっぷりお正月させてもらいました。
もっとも元日から5日まではまるで普段通りで、息子が喉に詰まると危ないからと言うので、お餅もお雑煮で一個しか食べてなくて、ちょっと淋しい感じもあります。
ところで今回のライブでは高校時代の先輩が開演前の楽屋を訪ねてくれました。
少しの時間だったけど、50年ぶりの再会で、よもやま話に花が咲きました。
昔は大人が言ってるのを聞いて、ふーんと思ってたことですが、大人になった今、時というものは過ぎてみると、本当にあっという間だったなぁと感じさせられました。
そんなこともあったせいか、今回はいつもより会場が狭いというか、我が家の居間にいるような、お客様がグッと近くにいる感じで、みんな家族か友達という気がして、いわゆるアットホームな雰囲気のライブになりました。
おかげ様で、それ以来肩の力が抜けた感じで、歌のレッスンや作曲の授業もグーンと自由になって、その分明らかに生徒さんの力が伸びてきてるのを感じています。
また、昨年からお声をかけていただいていた、ある企業の社歌を作ることになり、動き始めました。
僕は社歌を作る時、仕事を通して、その会社の社長さんと社員の皆さんが本当に果たしたい願いが必ずあると思っていて、だから現場を見て、皆さんの話を聞いて、作られる製品やサービスの中にその願いを見つけることが一番大切だと思っているので、どんなに遠くても、会社を伺う事にしています。
今回もちょっと遠いけど行ってきます。
このように、今年もすでにケッコウ忙しくなってます。
そんなわけで、本年もどうぞよろしくお願いいたします!
 
羽岡仁

2017-12-09
 
2017年も残すところあと僅かとなった。
僕にとってこの一年は、それまでとは全く不連続な年となった一年だった。
今年一年は、自分がこの人生であってよかった、この人生を生きる理由があった、と深く納得させてもらえる出会いと出来事で綴られた一年だった。
そして自分自身の、この胸の奥深くに、たとえこの人生の終わりを迎えるとしても消えることのない願いが、たとえ暗闇の中にあっても、光輝く希望とともに息づいていることを確認させてもらえた一年だった。
つい先日開かれた、一年を締めくくるあるイベントでも、僕は多くのスタッフの一員としてのはたらきを通して、言葉を超えた感動を分かち合う経験をいただいた。
感動の中で、僕はずっと永遠を感じていた。
これらの経験は自分の力によるものではなく、全て、計り知れない大いなる力に運ばれて得ることができたとしか言い様のないものだった。
自ずと、その恩恵を与えられたことへの深い感謝の想いが湧いてきて、胸が一杯になった。
尽きることなく、またしても押し寄せる感動の中で、僕は不滅の友情を感じていた。
きっと誰もが胸の奥深くに持っている、普段は忘れているこの感覚を、ずっと持ち続けていたいと思った。
来年を待たずして、明らかに新しい人生が始まっている。
それが何を生み出していくのか、まだ分からないけれど、そこには新たな挑戦を必要とするはたらきが待っていることだけは確かだ。
あるいは、ずっと呼びかけられていたのに気づくことができなかった、本当に果たしたかった仕事が待っているのかもしれない。
いずれにしても、僕の中で新しい年はすでに始まっている。
だから僕も歩き始めようと、準備を始めている。
行こう!行こう!
ともに  行こう!
 
羽岡仁

2017-11-19
 
おかげ様で、今まで僕はいろいろな種類の曲や歌を作らせていただいてきた。
様々なアーティストのCDに提供した楽曲、映画、テレビ、ラジオ等の番組テーマ曲やBGMCM曲、さらにイベントのテーマ曲やBGM、そして企業の社歌
それらの11曲に想いを馳せると、当然のことながら、一つとして同じ打ち合わせはなかったし、また簡単に決まった事もなかった。
どれ一つを思い返しても、真剣勝負そのものだった。
勿論、全てが上手くいった訳ではなく、中には流れてしまった仕事もあった。
そんな、一つとして同じものがない仕事だけれど、そこには共通する点があることが、打ち合わせをさせてもらう内に分かってきた。
どの仕事にも、こうしたい、こうなれば、という夢があった。
少し前、ある地方の路線バスの会社の社歌を作らせてもらった事があった。
その打ち合わせの相手は、何と、会社トップの社長さんだった。
その会社はテレビ番組、「ガイアの夜明け」や「カンブリア宮殿」などでも紹介されて、偶然、僕も番組を見ていたので興味もあったのだけれど、実際にお会いした社長さんのお話はもっと魅力的で、思わず引き込まれていくようなエネルギーを感じたりして、あっという間に2時間近く経って、お互いにとっても嬉しくなって話しを終えた。
その時のお話は、社長さんの夢というより、もっと深くにある願いというべきお話だった。
社長さんは、本気で、地域を繋ぎたい、人を繋ぎたい、心を繋ぎたいという願いを持ち、その青写真を熱く語ってくださった。
聞いていた僕も胸が熱くなり、そのエネルギーが社歌に結晶していった。
この仕事を通して、僕は大切なことに気づかせていただいた。
それは奇しくも、僕が仕事を通して果たしたいと思っていた願いだった。
僕がそうであったように、たとえ今はボヤけているとしても、全ての人には願いがあり、いつか必ず蘇ることを僕は信じている。
一人の願い、会社の願い、社会の願い、人間の願い、人類の願いを込めた歌や音楽を作りたい、そして聴いて欲しい、歌って欲しい
拙いけど、僕が作らせてもらった曲や歌を聴いたり、歌ったりしてくれる人の願いが蘇り、少しでも希望が湧いてくる、ほんのささやかなきっかけにでもなるなら
そう思いながら今、新たな次の曲に、必死で願いを呼び覚ましながら、ingで挑戦している。
 
羽岡仁

AI

2017-10-20
 
AIって何?と思っていたのもつかの間、ふと気づくと、今やAIは「常識」になっている。
そんなことを言ってるうちに世の中の変化の速度はどんどん速くなり、「ついて行けない」と、思いそうになって、「いやいや何のこれしき、追い越すぞ」と喝を入れながらチャレンジしている。
そうすると内側からエネルギーが湧いてきて、「よし、やるぞ」となる。
これから世の中は、AIが難しい仕事もするようになり、人間は、一人一人の特性が必要とされない、誰にでもできて、すぐに人を交換できるような仕事が「普通」になっていくようだ。
ひと昔前のSFの世界では、生活を便利にするために人間が作ったロボットが、主客転倒して人間を支配するような話があったけど、そんなような時代が現実にやってきたということだろうと思う。
でもそれは、人がこれまで以上に、もっともっと人間的に成長することを促されているんじゃないかとも思える。
歌はすでにボーカロイドが活躍しているが、最近のネット情報によると、作曲もAIが人間にとって変わる分野に入ってるようだ。
これは僕たち人間に、次のステージに行け、というサインだと受け止めたいと思っている。
つまりこれまで僕たち人間が作っていた次元の音楽はAIが作るとして、僕たちは
命の本質的なレベル、即ちいよいよ人間の内側にどこまでも広がる未知なる「愛」の次元から溢れ出る音楽にアクセスしていく「とき」がきた!ということだと感じている。
大きな挑戦のときがやって来た!
次なるステージへ出かけよう!
 
羽岡仁

2017-09-20
 
テーマソングを作らせてもらった劇の上演が終わり、僕の夏は秋にずれ込みながら全て終わった。台本を読んでストーリーを把握して、次に登場人物の人生に想いを馳せる…。
そこでいつも思うことがある。
たとえ心に深い闇を抱えざるを得ない人生であっても、人は光に向かう力を与えられている存在だということ。
そして、人生の周辺には、その力を呼び覚まそうとする働きかけが満ちているということ。
ここで言う闇とは、暗く苦悩に満ちた怒りや絶望というようなものばかりではなく、何でも自分の思い通りになったり、また何不自由なく波風が立つことがなかったとしても、生きる目的を見出せないとすれば、それは闇ということになると思う。
また光とは、世の脚光を浴びる成功ばかりではなく、どんなに厳しい環境の中でも、生かされている事実をありありと感じて、感謝を抱きながら、たとえ人に気づかれることがなくても、その場所を引き受けて精一杯生きる時、その人生は光を放ち、輝きに満ちている。
劇の内容が、史実に基づいたものだったので、仕事はそのリアリティーに圧倒されながら、ドラマを貫くものを手繰り寄せてはほどいていく、何度となく挑戦する作業の果てに訪れたものが、最終的な形になっていった。
何枚もの五線紙とメモ帳から選びとられたフレーズが、わずか2分前後の歌となってエンディングに流れた。
劇を観た人、一人一人の人生に共鳴し、客席の境を溶かして、歌が流れる。
歌の終わりと共に、劇は観客の心の中で感動から希望を生み出し、勇気を沸騰させていく。
そして、その日からの人生が輝きを放つ誘導灯になっていく…。
そう願いながら次へと向かう。
 
羽岡仁

2017-09-01
 
新しいチャレンジが始まった。
僕が今どこで生きているのかと言えば、朝起きて、夜眠りに就くまで活動してる現場、我が家から仕事の現場、時には東京を離れ、いろんな地方にまで広がっていく。
でももう一つの世界、それは僕の心の中にあって、僕の外側からは見えない世界。
とは言っても、僕の心の中の世界だから僕には自由に見えたり、時には自分の思い通りに変えることができるかというと、決してそうはいかない。
僕の仕事は外側に広がる世界を心に映して、歌や、あらゆる音楽の形に表わして外に出す仕事だと思う。
だから僕の心に映る以上の曲も以下の曲も表わしようがない。
だから、どんなにもっと素晴らしい曲を作りたいと思っても限界があると、心のどこかで思っていた。
だけどある時ふとしたことで、亡くなった父のことを思い出した時、驚くほどそっくりなことを言っている自分に気づくことがあった。
まるで父が思うように思っている自分を発見した。
またある時は、亡くなった母と同じことを言っている自分も発見した。
それらの発見以後、これまでの僕の人生で出会った、新聞や本やテレビや映画や音楽や、時には友人の言葉やその想いまでも、僕に同化していたことに気づくようになっていった。
そしてその発見の連続は、同時にそれまで見ていた世界が、鮮やかに変わっていくときの連なりでもあった。
僕が限界と思い込んでいたのは、両親に始まって、以後怒涛のごとく流れ込んできた、外側の世界の限界そのものだった。
それらの一つが発見できただけでも、心は驚くほど解放され、軽く自由になった。
結局、限界と思い込んでいたのは幻想だった。
人生のどこかで仕入れた他人の思い込みから自由になった心には、何故か悠久の懐かしさが込み上げてくる希望が広がっていく。
自分の心の広がった分だけ表せる世界が広がる。
だから、それを作るということは未体験ゾーンに飛び出すということ。
今、新鮮な風を浴びながら、未来へ向かう世界と出会い、新しいチャレンジをはじめている。

羽岡仁

2017-08-14
 
ソプラノ歌手のMさんからレッスンの依頼を受けた。
お話しを聞かせてもらったところ、Mさんはコンサートなどの仕事の中で、歌う充実感があまり感じられなくなってきたこと等を話してくれた。
これまでもアマチュアからプロまで、多くの人をレッスンしてきたけれど、同じレッスンは一つもなかった。
それは作曲家として新曲のレッスンをしたり、スタジオレコーディングでディレクションをする時も同じで、むしろ同じレッスンやディレクションをすることの方が考えられない。
歌にはそのキャラクターが生きるドラマや景色や想いが映し出されている。
またそのキャラクターが演歌なら演歌的な、ポップスならポップス的な人生観で生きている中に生まれるドラマや景色や想い方が歌になると、それがジャンルということになる。
クラシックも例外ではない。
またレッスンでは、人が違えば同じ曲でもその人の潜在的な持ち味によって、まったく違うアプローチをしていくことになる。
Mさんはレッスンを進めていくうちに、Mさんが突き当たっている壁が自分の中にあることに気づかれていった。
その後、曲を通しで歌っているうちにMさんはみるみる明るい表情に変わりレッスンを終えた。
そして、目の前が明るくなってきた、と言って帰られた。
その後すぐに羽岡 仁HPのレッスンのページにMさんの予約が入っていた。
Mさんが、歌う歓びで心いっぱいにして歌う姿をステージで見るのは、そんなに遠くない日だと確信した。

羽岡仁

2017-07-31
 
テーマソングを担当した子供たちの夏のイベントが終わった。
僕が行けなかったので、気遣ってくれたスタッフの1人がどんな感じだったか伝えてくれた。
それによるとテーマソングが流れると、子供たちが曲に合わせて歌って踊ってくれたそうだ。
それを聞いて、それまで意識していなかったのに、体の緊張がフワッと抜けた。
そして胸が熱くなった。
今、子供たちを取り囲む環境は、不満、不信、不寛容を募らせ、子供たちの心にもそのまま流れ込んでいって、時に怒りとなり、時に無力感となって、大切な一人一人の可能性を阻みかねない事態がそこここで起きている。
しかし、子供たちは子供であると同時に未来を背負って立つ大切な一人一人でもある。
この子供たちが、自分の中にも流れ込んでいる不満、不信、不寛容の正体を見破り、さらに自分の中心に息づいている愛と勇気に目覚め、未来に向かってその願いを形にしようと生きるとき、そこには1+1=∞ のエネルギーが生まれる。
だから今、僕たちは、みんな生かされて生きる一人一人であること、その「いのち」をワクワクして、みんなと一緒に感じること、そしてその湧き上がる歓びを歌って踊る!
そう思い、願って歌を作らせてもらった。
だからその報告を聞かせてもらった僕の心にも、無上の歓びが湧き上がってきた。
子供たちがこのイベントから、新しく生きはじめるとき、きっとそこからはじまる未来がある。
いのちは響きあい、必ず新しい時代がはじまる。

羽岡仁

2017-07-22
 
昔、あるラジオ番組に呼ばれた時、その番組のパーソナリティーに、「羽岡さんが唄い続ける原動力はどんなものですか?」と聞かれたことがあった。
その時僕は「やっぱり感動じゃぁないですかねぇ。」と応えた。
そしたらそのパーソナリティーは「華やかなスポットライトを浴びて唄ったらそりゃあ 忘れられないでしょうねぇ。」と言った。
確かに自分が認められた、という「喜び」もある、しかしその種類の「喜び」を求めるようになると、認められないといられない想いに苛まれるようになって、やがて唄うことが苦しみになってしまう。
一方、歌を唄うことで胸の奥から込み上げてくる感動がある、そんな歌を聴く時、聴いている人の心の奥が、見えない感動のバイブレーションに共振を起こし、感動する。
だから歌を唄う人の感動が深ければ深いほど、聴く人の感動も深くなる。
その歓びは一人の内側に起こり、一人にとどまらない。
また唄う人の人生に発見をもたらす。
例えば僕は唄うことで自分の孤独を発見し、孤独という状態は、心の中に人がいない状態であることに気づかせてもらった。
心の中に大切な家族がいる、仲間がいる、友だちがいる。
その人数が増えれば増えるほど唄う時の感動が広がる。
これまでウチでレッスンした人にも、また今レッスンしてる人にも、その感動を体験する人がたくさんいる。
だから歌を唄いたくなる。
そしてこの感動を伝えたくなる。

羽岡仁

2017-07-04
 
先週金曜日をもって、足かけ4年間続けさせていただいた「羽岡仁の歌ごころ・人ごころ」(※当時放送していた自身のラジオ番組)を一旦お休みとさせていただきました。
リスナーの皆さんには、長い間 僕と番組を支えていただいて、本当にありがとうございました。
4年足らずの番組だったけど、たくさんの出会いをいただいた。
当初、なかなか復興に着手できなかった東日本大震災で被災された人々への応援の意図もあって始まった番組だったけど、いつしか人生の応援番組になっていった。
また、その時々の話題にまつわる人や、出来事との出会いを通して、たくさんの発見や気づきもいただいた。
番組を作らせてもらって、一番得したのは僕だったと思っている。
そして今、僕には果たさなければならない次なる仕事がめぐってきた。
次なる挑戦が始まった。
本音でも建前でもない、本心が響きあう音楽、歌を作りたい。
特別ではなく、しかし心深く味わってもらえる音楽、歌。
時を超え、あらゆる隔たりを超えて分かち合える音楽、歌…、その仕事が待っている。
さぁ、出かけよう、次なるステージヘ!

羽岡仁

2017-06-21
 
僕は今、運命を変えるチャレンジをしている。
1ヶ月をかけて、「今年の夏」を手繰り寄せ、何枚もの書き潰しを経た後、昨日ようやく五線紙の上に姿を現した。
直接はずっとやってきた子どもたちのための仕事だけれど、同時に青年や大人たちに向けてのエールでもあるので、なかなか大変な思いの毎日だった。
時は止まらない。
僕に向かって未来の選択を迫ってくる。
希望へ向かう可能性は何か、それを阻む制約は何か。
そのどちらも明らかに自分の中にある。
主導権を行使できるのは自分しかいない。
自分の受ける圧迫も、世界の混乱も、他人のせいにするのではなく、自分の出来ることで「する」ことを増やし、連ねていくことで立ち向かおうと思っている。

羽岡仁

 2017-05-23
 
時間が止まらないということは、人生も止まらないということ。
でもうっかりしていると時間は動いているのに、人生が止まっていることがある。
幸いにして僕の人生は止まっていない。
未来から吹いてくる強風の中を歩いている。
一つが終わるとすでに一つが始まっている。
人生はそんなふうに連綿と続く果てしない道だ。
振り向きはしないけれど、振り返り見る時がある。
それは過去の出会いと出来事を、今の気持ちで見直すため。
そして生ききれなかった後悔を、今から生き直すため。
外の世界に夢を見るときを終えて、この胸の奥から、泉のように沸き出てくる願いを生きるときをはじめた。
かつて、僕は出会いをぶつ切りにしていた。
一つの出会いのときは、それと引き換えに一つの別れのときでもあった。
だけど、それは知らず知らず何処かで仕入れた常識の嘘だった。
僕は長い間プラスマイナスゼロ、時には出会いを引き算してしまっていた。
しかしいつの頃からか、出会いを足し算して生きるようになっていた。
こうなってみると、何と多くの出会いを損してきたんだろうと思う。
何てもったいないことをしてしまったんだろうと。
だから生き直すことにした。
今僕の人生はだいぶにぎやかになってきた。
これからもっともっとにぎやかになっていくと思う。
静かもいいけどにぎやかもいいもんだ。

羽岡仁

2017-04-24
 
この二ヶ月は、自分史の中では最も大きな転換点になった期間だった。
自分にとって、この人生、何のために生きるのかという基本的なスタンスが変わった。
正確には、変わったというより、何か本来の姿に戻ってきたような感じがしている。
それはこの数十年の中の、一つ一つの仕事、一人一人との出会いが教えてくれたスタンスであり、その結果いただいた視野がもたらす安心であり、それによって、この世界には一つとして同じ出会いも出来事もなく、その一つ一つが、かけがえがなく、大切、という実感の総体だと感じている。
これまで僕の意識の中でばらばらになっていた経験が、すべて意味のあるものとなってつながって、気がつけば一筋の道となっていた。
今となっては、僕にとって、この人生以外の人生はあり得ない、この人生で本当によかった、と思えてきた。
音楽との付き合い方もだんだん自然になってきて、曲を作るというより、その曲のあるべき姿になるまで追い求め続ける。
これが僕流のつきあい方になってきた。
そして、そうなっていくように、大きな愛に見守られ、導かれてきたと感じているし、そのことに、深い感謝の想いが湧いてくる。
この感覚の向こうに「自律」がある気がしている。
今、世界は対立と混乱、緊張の極みに達している。
何が起きてもおかしくない状況になっている。
その今という時にこの感覚が訪れたことは、決して無関係とは思えない。
「次へ行こう!」…。
そう言われている気がしている。
次なるはたらきに向かうときが来た。
そう感じている。

羽岡仁

2017-04-12
 
先日、大きな仕事が一つ終わった。
その後、視界が広がり、心が信じられないほど軽くなった。
そして、自分が果たしたいことがとてもクリアになってきた。
すべてがリフレッシュして、次の仕事に向かい、やる気と元気をいただいた。
次の曲を書き始めて、ある夢を思い出した。
もう30年も前に見た夢なのだが、とても細かいところまでよく覚えている。
まず、何故か分からないけど、川の中で橋げたを支えて、橋が流されないように踏ん張ってるところからその夢は始まった。
橋の上を見ると、たくさんの人が歩いていた。
不思議なことに、僕はすぐにその意味が分かった。
人々は此岸から彼岸に渡っている。
そして見回してみたら、橋げた一本に一人、全員僕と同じで、流されないように手で支えて必死に踏ん張っている。
川は水量も多く、流れはかなり速い。
気をゆるめると流されそうで、けっこう命がけの仕事だ。
また、橋は何本もかかっている。
隣の橋の橋げたを支えてる人が僕の名前を呼んだので見ると、友人のSさんだった。
「なんだ仁ちゃんそこにいたの、いやーまだまだこれからだよねー。」と笑いながら言った顔をはっきり覚えている。
ふと我に返り、あの夢の中の僕は今の僕だったんだ、と思った。
あの夢は僕に、僕の仕事の本当の意味を教えてくれていたんだ、と思った。
それが、30年も経った今ごろ分かってきた。
忘れられなかった理由がそこにあった。
意味が分かるのに30年必要だったということだと思った。
僕が果たしたかった仕事は、形としては音楽だとしても、人々が渡る橋げたの一本を支えることだったと、深く納得したら、心に言い知れぬ安堵感が広がった。
すべからく、人間の仕事の本当のはたらきとはそういうものだと思う。
誰かが働くことで誰かが支えられる。
誰かが助けられる。
誰かが救われる。

羽岡仁

 2017-04-03

園まりさんの新曲の叩き台を歌いながらミーティング、園まりさん、ギターの平野融君。
今だから歌える歌にチャレンジ、楽しくても真剣! 

羽岡仁

2017-03-29
 
毎年恒例の…という言い方がある。
僕にも毎年同じ時期に決まった仕事がある。
その度にその年の空気感を形にする。
今年は大きな変化の中で、先行きに不安を感じる、という声が多く聞かれる。
確かに報道を見聞きする限り、人々の不安や不満、不寛容を煽るかのようなものが大半で、事実を冷静に伝えるようにはなっていないようだ。
報道機関には、今はただ、人々の冷静な判断と相互理解に貢献する、本来の目的と使命を思い起こして欲しいと祈るばかりだ。
しかし一方では、そのような対立と混乱は、どうすれば人々が違いを超えて、お互いを理解し、尊重しあえるようになれるのかを一人一人に問いかけているように思えてならない。
そして僕にとっても、あらためて仕事への向かい方、ひいては生き方にまでその問いかけは突き刺さってくる。
僕は、自分の心の中の批判や否定的なつぶやきを、理解と肯定的なつぶやきに変えながら、さらにその批判や、否定的なつぶやきがなぜ出てくるのかを突き止め、本心に戻していくことを通して、自分が変わっていくことで、仕事を含めたこれまでの関わりを、本来的に結び直していくことが、唯一僕ができることだと思っている。
そして、希望を響き合わせたいと願っている。
今この瞬間、その想いで、仕事に向かおうとワクワクしている。

羽岡仁

2017-03-21
 
一つのことを成し遂げるのにどれほどの支えがあり、どれほどの助けがあるのだろう。
朝起きて、当たり前のようにシャワーを浴び、電車に乗り、仕事して、当たり前のように店に入って食事して、また仕事して、電車に乗って帰る。
当たり前のように電気をつけ、寒さにも暑さにもエアコンをつけて、仕事に向かう、ホッとして食事をとる、テレビを見る、深々と椅子に抱かれて音楽を聴き、フカフカの布団で眠る。
その一つ一つにどれほどの人の手がかけられたのだろう。
更に、驚くほど滑らかに生活できる裏側に、どこまでも考え尽くされたシステムが施されている。
それらは全て、誰かが考え、工夫して、さんざん苦労したあげくに、そこにある「もの」と「こと」。
しかも、互いの綿密な連繋が施されてこそ、機能して成り立っている。
そして、それら全ては現在進行形で改善され、成長、発展を重ね、進化している。
テクノロジーの発達は日々目まぐるしく加速し、3年前は夢のようなことが、今は普通のことになっている。
だからこそ、この時の速さに打ち勝つ生き方に、自分を変えていかなければならない。
でも、変わることは今まで通りの生き方をやめることなので、思いっきり勇気がいる。
だから変われない言い訳をする。
だけど、時代や世の中のせい、誰か他人のせいにして、変われない言い訳をすればするほど苦しくなって、余計にその場から逃げたくなってくる。
だから、今生かされている実感を持続させて、常にその事実に立ち戻れるなら、言い訳などしていられない。
僕も言い訳にしていた自分の中の「常識」を「非常識」に変えて、未来からやって来る課題の中にある、可能性を引き出してゆこうと思っている。
今、世界は益々混迷の度を増し、日本に於いても、社会の安定を作るはたらきを担う筈の政治、経済の分野での混乱と対立が続いている。
この事態をどう受け止め、どう対処できるか、と思う時、ただ対立を助長させるのではなく、一にも二にも自分に与えられた「時」と「場」の中で、自分として、そこにある現実をいかにあるべき理想に運んでいけるかと模索し、探求し、その仕事に打ち込むことが全てだと思っている。
力もない、立場もない小さな僕だけれど、才能と言えば、一生懸命になれることぐらいだけれど、僕を支え、助け、見守り、導いてくれる全てに感謝しながら、世界に対して全身全霊で応えていこうと、希望を抱いている。

羽岡仁

2017-03-06
 
ライブが終わってから悪戦苦闘してきた仕事が一応完成して、たっぷり目の疲労感と、かなりの期間に及んだ圧迫からの開放感があるけど、そこに浸ってはいられない。
今回の仕事を通じて、たくさん発見があったので、それを確認する意味でも、次の仕事を始めたい気持ちがはやるのと、またその分だけたくさん課題が出てきたので、そこに向かっての挑戦ということもあって、やっぱり一休みというわけにはいかない。
しかし、この約1ヶ月間を通して、歌を作るという仕事は、深い人間理解を求められる仕事だと、つくづく実感させてもらった。
歌は理屈で書いたのでは深く納得してもらえない。
ましてや感動となると、まず作り手に感動のない歌は伝わらないのは当然としても、ではその感動をそのまま伝えればいいかと言えば、そうはいかない。
まず自分の感動を一旦横に置いて、説明のない「ひと言」、フレーズを探し求めてイメージの世界を旅する。
リアリティーがありながらいい響きで、尚且つ、存在感のある言葉、フレーズを探して旅を続ける。
これだ!というような言葉やフレーズが見つかった時は、世界中にありがとうと言いたくなるけど、続けていくうちに迷路に迷いこんでしまって、結局その言葉やフレーズを消して、振り出しに戻ってくることもあって、そこで長時間足止めを喰らったりすることは、僕の場合、普通にある。
また、逆に「ひと言」の発見から一挙に全体へと繋がっていく時もある。
いずれにしても、歌の中に人が生きているか…。
これは、書けば書くほど難しい。
今さらながら、難しく書くのは簡単だけど、易しく書くのは難しい!
これは作曲でも同じことが言える。
さらに人間理解の道となると、これはもう頑張れば頑張るほど、自分がどれほど何も知らず、何も分かっていなかったかに気づかされるばかりの道だということを、今回の仕事を通して、あらためて思わせてもらった。
今はもう一度原点に戻って、本当に「いいなぁ」と感じてもらえるような歌作りに向かって、出発❗️

羽岡仁

2017-02-27
 
今日も清々しい朝が来た。
深呼吸すると、不思議にエネルギーが湧いてくる。
するとウグイスの鳴き声が聞こえた。
春がそこまでやって来た。
こうして全く新しいときが開かれていく。
しかし、人生だから、当然試練がある。
でも、試練がないと成長はできない。
だから試練があるということは、チャンスをもらったということなんだ。
そう思ってふり返ってみると、僕はずっと試練の中で生きてきたように思う。
その割りには成長が遅い。
しかしここでクサってはいられない。
どんなに成長が遅くても、諦めないで立ち向かおう。
僕は今、これまでやらなかった、初めての作り方に挑戦していて、悪戦苦闘している。
壁に阻まれて、にっちもさっちもいかなくなったり、それでも気を取り直して、また頑張る。
そんな毎日になっているけど、登山で言えば五合目を越えた辺りまでやって来たけど、六合目を前にうろちょろしている。
さぁ、ここからが勝負だ、気合いを入れて、いこう!

羽岡仁

2017-02-21
 
1月のライブが終わった翌日から新しい挑戦が始まった。
それは、作ることに於ても、唄うことに於ても、人の傍に寄り添う歌への挑戦と言えるかもしれない。
それじゃあ今まで人のことを想わないで、作ったり、歌ったりしてたのか、と言えば、その時どきの自分なりには、寄り添っていたつもりだった。
しかし、今回のライブを振り返ってみた時、余りにもスカスカな、希薄な内容だった、と感じてしまった。
これはもしかしたら、自分の感覚が今までより少しだけ成長してきた結果かもしれない。
それと、自分の中から、もっと、人の心の深いところのひだに触れる歌を作りたい、唄いたい、という想いがじわじわと湧いてくるようになってきた。
そう感じるようになってからはじめての一曲が、今朝大まかな姿を現した。
何だか希望に胸が膨らんできた。
誰かが喜んでくれる顔が見たくなってきた。
よしっ!
また新しい出発だ!
行こう、Go Go Go❗️

羽岡仁

2017-02-08
 
今日も青空だ!
世の中がどんなに混乱しても、頭上に広がる青空は希望を想い起こさせてくれる。
だから今日も希望が湧いてくる。
若い生徒達も僕に希望を与えてくれる。
まだまだ寒いけど、太陽の光は身も心も暖めてくれる。
家の前の桜の木も何となく春の準備を始めているような気がする。
自然は着々と生命の営みを続けている。
その気配に触れるだけで、ハッとする。
「そうだ!」と我に返る。
「僕もこの大自然の中で生かされている生命だったんだ。」と、不思議にシャキッとする。
元気が出てくる。
今迄僕は、こうして何百回、何千回元気をもらってきたことだろう。
自然から、家族から、スタッフから、生徒達から、お客さんから、…。
僕は元気をもらって生きてきた。
だから僕も元気になってもらいたいと思って歌を作ったり、歌ったり、音楽を教えたりしている。
でも、結局、いつも決まって僕が元気をもらっている。
だから、いつまでたっても、僕からは「皆さん、ありがとうございました。」と言うしかない。
今日の生徒達にも、やっぱり、ありがとうございました、しかない。

羽岡仁

2017-02-02
 
コンサートにお出かけくださり、また応援くださり、ありがとうございました。
お陰さまで、当日は会場一杯にお越しくださった皆様と、人生の悲喜こもごもをたっぷりと分かち合い、味わわせていただきました。
コンサート終了後にいただいた、皆様の温かい励ましのお声に、是非ともお応えしていきたいと心より願っています。
これより次に向かって挑戦します!
よろしくお願いいたします‼️

羽岡仁

2017-01-26
 
こんばんは、羽岡仁です。
今年最初のライブを日曜日に控え、リハーサルの真っ只中です。
今年最初のライブを思った時、もう今から半世紀前にヒットしたミュージカル「ラマンチャの男」が浮かんで来ました。
不正と不道徳がはびこる世の中でどうすればそこに巻き込まれて苦しむ人々を救うことができるのか…。
考えて、考えて、ついに頭が干上がった劇中劇の主人公アロンソキハーナは、幻の騎士ドンキホーテとなって悪の退治に出陣する…。
さて、汚れに満ちた現実から見れば幻の騎士は異常だが、あるべき理想の姿から見ればその現実はまさに迷妄の世界。
どんなに希望が遠くとも、求め続けて、歩き続ける…。
その現実の中で生き、打ちのめされ、それでも一条の光に照らされ、顔を上げ、立ち上がり、歩き続ける…。
それは僕の中で2017年の「今」と重なりました。

「たとえ現実が矛盾と問題だらけでも理想に向かう歩みを止めてはならない。」

そんな想いで、「ラマンチャの男」のテーマ曲「見果てぬ夢」を今回のライブのテーマとしました。
日曜日に皆様にお会いできることを楽しみにしています。
ライブ当日は人生の中に織りなされるドラマをたっぷりお楽しみください。

羽岡仁

2017-01-15
 
いよいよ2017年が動き出した。
昨年は予測のレベルにあった事態が、現実のものになり始めた。
すでに世界は対立と混乱の様相を見せてきている。
そんな動きを見ながら、昨年末からお正月いっぱいにかけて、この世界の現実は、僕に何を訴え、何を呼びかけているんだろう、と想いを巡らせていた。
そんな中で、僕はまだこの人生で果たすべき自分のはたらきに辿り着いていない、という、僕にとって人生最大のテーマに突き当たった。
我が家に子供が生まれた頃から、僕は『支えられる側』から『支える側』に努めてシフトしてきたつもりだった。
仕事も『担がれる側』から『担ぐ側』にシフトしてきたと思っていた。
しかし、どうも僕の中では、作ったり育てたりする自分と、パフォーマーの自分がしっくりいかないジレンマがあって、それがどうしてなのかがよく分からなかった。
年を越す中でその疑問が少しずつ解けてきた。
そこには僕の中であまりにも自然になっていた想い方があることが見えてきた。
それはデビュー以降何十年もの間、仕事の前提になっていた業界に流れる空気、当たり前すぎてあらためて考えることもなかった価値観があった。
ふと、20代の頃のスタジオでの1シーンを思い出した。
「おはよ〜、元気〜?売れてる〜?ここんとこ寝てないのよ〜、じゃーね〜!」
あの頃、行く先々の仕事の現場で交わされていた挨拶⁈
始めは抵抗があったけど、このノリがいつの間にか自分のノリになっていた。
時代の流れの中で言葉づかいこそ変わってきたけど、心にすっかり居座ってしまっていた、『売れていくら』の感覚は、他人に認められること、分かってもらうことが第一優先という価値観であり、自分が裏方の時はかなり解放されて自由になってきたと思っていたけど、自分が看板になると、まだかつての感覚が抜けていなかった、ということが分かってきた。
そこに気づき始めた時、心にかかってた霧が晴れてきた。
僕はもう幻想の中にしかいない『認められる僕』にならなくてもいい、看板にならなくていい、『自分じるし』なんかつけなくていい、ひとつながりの僕で生きられる。
シンガーソングライター、フォーク歌手、シャンソン歌手、歌手、作詞家、作曲家、アレンジャー、講師。
これまで活字になった肩書がこんなに増えた。
活字にならない『はたらき』ならもっともっとたくさんある。
だから、これから僕は、何が起ころうと、捨てることなく、逃げることなく、諦めることなく、理想に向かって、めざすべき場所、めざすべきものを確かにクリアにして、肩書ではなく、『はたらき』で人と出会い、風のように、まっすぐに生きていくことにした。
ブラボー人生!

羽岡仁

2017-01-10

今日は一日レッスン。

生徒はみんなそれぞれに新しい挑戦に向かってます!
とても危ない音程だった子が怪しい音程に変わった❗️
ブラボー‼️

羽岡仁

2017-01-01
 
明けましておめでとうございます。
2017年が巡って来ました。
新しいときのはじまりの日に、皆さまとの新しい出会いを予感しています。
今年はより広く、より深くお一人おひとりとお会いできたら…、と願っています。
そして、ともに希望への歩みの一歩、一歩を踏みしめてゆきたいと期しています。
時代はますます流動化の激しさを増し、世界は不安、不満、不寛容への足取りを早める様相を見せています。
しかし僕は、自分も含め、多くの「普通の人々」の変化を目の当たりにしてきました。
人間の内側には、不安、不満を揺るぎない未来への希望に転換し、不寛容を、他を受容、包容する寛容の心に転換できる勇気と実行力があることは、疑いのない事実だと実感しています。
闇を抱えながらも、つまずいても、倒れてもまた立ち上がり、飽くことなく光へ向かって歩き出す…。
そんな人間のドラマを皆さまとともに味わえたら…、と願っています。
歌を携えて皆さまのもとに伺います。
どうぞ、よろしくお願いいたします。

羽岡仁

2016-12-27
 
2016年、1年間おつきあいいただいて、ありがとうございました。
おかげさまで、この文章を書かせてもらうことを通して、自分の現状をつぶさに見ることができ、尚且つ、善きにつけ悪しきにつけ、そうなるに至った原因を自分の思い方の中に見つけ、転換してゆく、あるいは更なる挑戦をしてゆく1年にしていただきました。
また本当に、自分は生かされていると、つくづく実感させてもらえた1年でもありました。
その日々を重ねてきた1年からは、去年の年末にはなかった想いを味わわせてもらっています。
そして2017年は、僕の中ではもうすでに始まっています。
2017年の息吹きを感じながら、今、歩きはじめています。
2017年は、是非とも皆さまと新しい出会いを果たしたいと願っています。
よろしくお願いします!

羽岡仁

2016-12-14
 
昨年9月末のある日の早朝、僕は壮大で、この上なく力強いイメージを感じながら目を覚ました。
それは、新しい次元の予兆であり、新しい時代の幕開け、新しい世界出現の予感だった。
早速仕事部屋に行き、ピアノの前に座り、込み上げてくる感動をおもいっきり解放させた。
その時は、ほとばしる歓喜を、出来る限りそのまま書き移すことで精一杯だった。
思わず、誰にともなく、「ありがとう、ありがとう」と言っていた。
それは一瞬の訪れのようであり、気が遠くなるほど待ち焦がれていた「とき」との遭遇のようでもあった。
その感動は間違いなく僕の感動なんだけれども、その歓喜は僕を取り囲むあらゆる存在のものであり、宇宙にまで広がり、轟く全生命の爆発するエネルギーのようでもあった。
それは、最後まで立ち塞がっていた孤独の壁が、音を立てて崩壊する瞬間であり、解き放たれた自由の風が、新しい血液となって全身を駆けめぐる瞬間だった。
そして、その時の予感は2016年という一年の中で鮮烈に現実のものとなっていって、今となっては実感することの、あれやこれやになってきた。
それまで自分にとって都合の悪いことは、なんでも他人のせい、社会のせい、運命のせいにしていた一人の心のつぶやきが変わり、「この出来事には意味がある、この事態が呼びかけている声をしっかり聞いて、引き受けよう」とつぶやき始めたら、その一人の創り出す未来は確実に変わっていく。
その運命の逆転を生きる人々が大量に出現し始めた2016年は、明らかに歴史の転換点であり、新しい時代の幕開けとなった。
2015年9月末のある日の早朝に夢うつつの中で感じていた、「開闢のとき」が現実となった一年だった。
そして僕たちの2017年は、もう目前に迫って来ている。
そこからは、ありとあらゆる困難の予兆が、すでに僕たちの足元にまで迫って来ている。
しかし、それをカオスと見るならば、心の鏡の歪みを直し、さらに磨きに磨いて、あるがままにそのカオスの制約と可能性を写して、自らの本心で可能性に触れていけば、魂、心、現実が繋がって、世界は必ず希望の未来へと開かれていく。
その未来を見つめて、僕の挑戦も、いよいよ人生をかけてはたらきを果たしていく次元に、入っていきそうな気がしてきた。

羽岡仁

2016-12-05
 
僕は「風」のように生きたいとずっと思ってきたし今もそう思っている。
最近、時々「風」になるような瞬間を感じる時がある。
そこで気づいたのだけれど、「風」には音がない。
ビュービュー、ゴーゴーという音は、何かの震える音であって、「風」そのものは音を出さない。
ただ吹いているだけが「風」の生命。
淀んだ空気を吹き払い、その場に新鮮な希望が蘇っても、その時その場の「風」は吹き終わっている。
そしてこれも最近気づいたことなのだけど、僕は「世間に風を起こす人」ではなく、「風」のように生きたいだけだったということ。
若い頃は、自分の中でこの2つの区別がつかなかった。
なので、世間に「自分の風」を吹かそうと、随分見当違いな悪あがきをしていた。
「風」は無色透明、無味無臭。
確かに昔から僕の歌には透明感という形容が多かった。
時には評論家にもっと「くさい歌」にした方がいいと書かれたこともあった。
僕を才能があると書いてくれていた人なので、今思えば、「世間に風を起こす人」になるための助言だったと思う。
でも、今や僕の本当に果たしたいことは「風」のように生きることだとはっきりしたので、堂々と無色透明で生きようと思っている。
「風」は忙しい、じっとしていてははたらきを担えない。
だけど今、ますます僕は「風」のように生きたいと思っている。
「風」を起こすというなら、「我意を超えた切なる願いを 自他の心に起こすことができますように」と願いながら、「風」のように人生を歩んでいきたいと思っている。

羽岡仁

2016-12-01
 
今年は移動距離、労働量ともに、今までの限界に挑戦している。
かなり疲れているけれど、僕は不思議に元気に働かせてもらっている。
人生の残り時間は年々少なくなるのに、関わる人も仕事も年々増えてきている。
とてもありがたいと思っている。
外からは見えないけど、今自分なりにはこれまでの人生で一番の大仕事をしている。
人には誰でもいつか、遅かれ早かれ、そういうときが来るのだと思うけれど、僕にとって、そのときは今だと感じている。
それは比較できるものではないので、評価はできない。
だから、誰も気づくことなく終わっていくだろうし、それでいいと思っている。
いつの頃からか、自分のためだけの目的が色あせてきて、代わりに、自分以外の人や仕事の可能性にエネルギーを注ぐようになってきた。
自分のためにヒッチャキになって評価をかき集めていた頃は、いつも浅い息をして、ハァハァ生きていたように思う。
その頃、圧迫は強く感じていたけど、責任は比べ物にならない程、今の方が重くなっている。
過去は今を創り、今は未来を創っている。
しかしある時、それまでの過去とは明らかに不連続な時があり、その後の人生は全く方向が変わった。
そして、今日という日は、一年前には考えられなかった程、希望に満ちている。
本当に、今日の生き方次第で、未来は変えられる。
今僕は、自分一人だけのための人生を生きていた頃には考えられなかった豊かさを味わっている。

羽岡仁

2016-11-22
 
今現在、僕には仕事を通して多くの関わりがある。
これまでその一つ一つの関わる人や出来事に、どれ程真摯に向き合ってきただろう…。
その人の人生や出来事をどれ程深く受け止めてきただろう…。
恥ずかしながら、これまでの僕は、とても深く出会ってきたとは言えない。
今朝、今、面と向かっている全てが、二度とない大切な出会いだったんだ、という想いが、胸の奥底から突き上げてきた。
そうしたら、昨日までの数々の出会いが想い浮かんできて、止めどなく後悔が沸いてきた。
本当はもっと深く知りたかった。
もっと深く出会いたかった。
僕は出会っているものや出来事が、いい結果を出すことに意識が奪われ、それらが呼びかけてくる声をしっかりと聞いてこなかったんじゃないか…。
正確に言えば、深く出会っていたつもり、しっかり聞いていたつもりだっただけなんじゃないか…。
思い返すほどに、自分の足りなさが見えてきた。
それなのに、僕はまだ生かされ、出会いは与えられている。
これこそ呼びかけだと思った。
ならば、その呼びかけに応えていこう。
これから、人を、出来事をもっと深く知り、もっと深く出会っていこう。
その出会いに必ず託されている可能性を見つけるために。
そして、その可能性を共に開くために。
また1から始めよう。
出かけよう。

羽岡仁

2016-11-16
 
新しい朝が来て、まったく新しい人生が始まった。
平凡な1日の暮らしの中に、一生を決定づける岐路があり、選択があった。
しかし声高に叫ぶこともなく、回りに気付かれることもなく、何事もなく時は過ぎてゆく。
そんな中で僕は今密かに、静かに感動している。
何故僕はあの時代、あの場所で、あの両親のもとに生まれたのか。
どうして、何のために音楽を仕事としてきたのかが分かってきた。
今日まで生きてきて、本当によかったと感じている。
全ての出会いに感謝している。
ずっとこんな日が来ることを夢見ながら、どこかで諦めかけていたかもしれない。
それほど不可能に思えてきたことが、僕の心に起こった。
僕にとっては奇跡だ。
表面しか見えなかった僕の目を、本質が見えるように開いてくれたのは、試練ともいうべき、毎日の人との出会い、出来事との出会いと、そこに秘められた意味に気づかせてくれた、『祈りのみち』(高橋佳子著)との対話だった。
この一冊の本が、雨の日も風の日も、「捨てるな、逃げるな、諦めるな」と励ましてくれた。
そのたびに僕は「捨てない、逃げない、諦めない」と、自分を立て直してきた。
そんなシンプルな日々の連続だった。
そして、ふいに、この日がやって来た。
今日からは今までと同じ人との出会いの意味が変わる。
同じ仕事の目的が変わる。
だけど、表面的には何も変わらない。
ただ僕の感じ方が変わっただけだから。
今、僕は幸せを深く味わっている。
そして世界に深く感謝している。

羽岡仁

2016-11-08
 
僕が音楽を職業として生きてこられたのは、本当に多くの人々のおかげさまだと思っている。
そして、それは当然のことだけど、単に音楽業界の人脈というところにとどまらず、やはり、結果的に僕を支えてくださったのは、多くの一般のお客様であることは言うまでもない。
ある時はテレビ番組の音楽、また番組や映画の主題歌、そしてアーティストに提供した歌の作詞作曲等を通して、出会わせていただいてきたお客様は、これも当然すぎることだけど、二度とない人生の大切な時間を分かちあっている、かけがえのないお一人お一人に他ならない。
このところ、日一日とその想いが強くなってきて、建て前でも本音でもなく、そのもっと奥深くにある本心で、お一人お一人と出会いたいという想いが、溢れ出してきそうになる時がある。
そして、その想いは、これから作っていく歌や音楽になっていき、また様々な形でお客様のお一人お一人との新たな出会いを作っていくことになっていくと思う。
そのことが、今の僕にとって何よりもの楽しみになっている。
どんな人とも本心で出会えたら、どれ程幸せになれるだろう。
立場や利害を超えて話し合えたら、どれ程世界が広がるだろう。
いつの間にか僕は、心のどこかであきらめていたかもしれない。
傷つくことを恐れて、逃げていたかもしれない。
そのような未来を、知らず知らず捨てていたかもしれない。
もう一度自分自身を点検しよう。
そして、切ったら血が出るような歌を、音楽を作っていこう。
そしてみなさんのもとへ出かけて行こう。

羽岡仁

2016-10-29
 
ウチで24年間一緒に暮らしたクサガメの竜次が一生を終えて天国へ帰って4年が経った。
この4年の時間経過の中で、僕の感覚は明らかに変わった。
一生の中で何を大切なものと感じるかが、4年前の自分の感覚が思い出せないほど変わった。
年齢からくるものもあるかもしれないけど、それは大したことじゃない。
決定的な理由は、心と現実の因果関係を徹底的に見とっていく日々を重ねた事に尽きると思う。
その結果見えてきたことは、最初は自分の想いが現実を作っているんだなぁ、というぼんやりとした納得だったが、見ていけばいくほど、無自覚だった自分の心の傾きが見事に現実を作り、良くも悪くも確実に僕の人生を作っていることが面白いほど、恐いほど、見えてきた。
そしてそれは、そこに留まらず、これは自分の個性だ、などといちいち考えもしないほど当たり前になっていた思い方が、まるっきり両親のどちらかの思い方そのものだったり、オリジナルの考え方だと疑わなかったものが、音楽業界、芸能界そのものだったり、要するに、僕は生まれてこのかた、両親から始まって、育った地域、学校、業界、時代の価値観や常識の眼鏡をかけて世界を見て、出会ってきただけだったということが分かってきた。
そのきっかけは「祈りのみち」という一冊の本との出会いだった。
そしてその著者の高橋佳子氏の提唱する「魂の学」との出会いだった。
氏の最新刊「運命の逆転」を読み終えて、今僕の心には、深い感動と勇気が湧き出てきて止まらない。
それを僕の感覚で言うなら、一生という有限の時空間にとじ込もっていた場所を出て、無限の宇宙と同根の自分を感じ始めている、とでも言えるかもしれない。
本当は上も下もなく、全ての生命はつながっている。
永遠は憧れではなく、今僕は永遠の中に生きていると感じている。
たとえ離れていても、竜次とも別れることはない。
僕にとってこれからの時は、たとえ次元は違っても、未来永劫「生きるとき」であり続けると感じている。

羽岡仁

2016-10-23
 
盛岡のライブが終わって、1週間経った。
僕はこのライブの中で、自分が何を果たしたかったのかのドアが開き、踏み出して行こうとしている未来の風景が広がったように感じている。
そして、それは何故僕の人生はこの人生だったのかの理由も見せ始めている。
立ち塞がるかのように見える試練は、それを引き受けたとき、それまで自分がいかに常識に縛られて生きていたかに気づいていくものだということ。
今思えば、東北の人々との出会いは、試練の真っ只中の人々との出会いだったということ。
それらの出来事が偶然ではなく、僕が自分の人生を実りあるものにするためには、どうしても通るべき道であったことを味わっている。
すべてをなくした人からは、はだかの悲しみと、はだかの生命力がにじみ出ていた。
その姿にハッとした。
そして、それ以来ずっと、本当の「願い」を、いつも鮮明に自覚していたいという想いが、心から離れなくなった。
もう「願い」抜きには生きられなくなってきたようだ。
すると、「願い」を生きるために必要なもの以外のものやことは、捨ててもそんなに困らないものばかりであることにも気づいてきた。
そして「願い」を生きるためには、「すること」がどんどん増えていくことも実感している。
僕は今、すべての思い入れや思い込みから解き放たれた、そのままの世界と出会いたいと願っている。
そして一つにつながった永遠の絆を実感しながら生きたいと願っている。
その想いを謳いたいと願っている。

羽岡仁

2016-10-09
 
最近、創作は早朝5時とか6時頃に仕事にかかることが多くなった。
アイディアが浮かびながら目を覚ますことが多くなったからだと思う。
僕の場合、器用じゃないから、テーマも含め、作るべきものを思い続けることから仕事が始まるのだけれど、その思い続ける宛先は、あるべき世界、理想の世界と言えるかもしれない。
もし神様が僕を使って、創られるべき何かを創ろうとされるようなことがあるとすれば、一体どんな曲を創ろうとされているのだろうか?
…と拙いながら、神様の青写真にアクセスし続ける。
それでも僕は天才ではないから、2~3曲、時には4~5曲作ってやっと、これだ、と思うものが出来る。
極めて効率が悪いと思うけど、それ以上時間がかかることはあっても、パッと出来ることなどめったにない。
そんな毎日が続く中で、ふと思った。
確かに創作のために青写真にアクセスし続けるのだけれど、本当は逆で、青写真にアクセスし続けるために創作をさせてもらっているんじゃないか、理想を見せてもらうことで、世界と自分の現状に気づかせてもらっているんじゃないかと…。
確かに、今のような作り方をしていなければ、世界の混乱と悲惨も、自分の現状の驚くほどの稚拙さも、全く気づけなかったんじゃないかと思う。
以前のように、どうすれば世間に認められ、称賛を浴びる曲になるかを考えて作るような作り方を続けていたら、他人との比較競争に疲れはてていただろう。
だから、今の作り方は強いプレッシャーがあっても、出来た時の幸福感は以前とは比べ物にならない。
でも、僕は自分で気づいてないけど、本当は今感じている何十倍も、幸せなんだと思う。

羽岡仁

2016-09-30
 
今朝、目覚めた瞬間、今日『する』べきことを全部しようと決めた。
7件の『する』べきことがあったけど今は6件目に向かっているところ。
『する』ことが増えると忙しくなる。
当たり前なんだけど、その分、時代の動きと同期している感覚が鋭敏になってる感じがしている。
そして自分の関わりが立体的になっていっている感じもする。
また『する』を増やすと、いつの間にか責任が重くなってくる。
仕事もどんどん難しくなっているけど、それだけ自分という重しを捨てていかないと出来ないので、心もフットワークも軽くなっていく。
うまく出来ている。
これが人生の摂理だと思った。
過去には結果しかなく、未来には無限の可能性がある。
同時に自分に与えられた制約もあるけど、それを条件と受けとめれば、必ず可能性を開く道はある。
どんな人生も捨てたものじゃない。
人生は素晴らしい。
そこは未来からの光に輝いている。

羽岡仁

2016-09-21
 
見た目には何も変わっていないのに、ある朝突然、仕事も人間関係も、昨日までと全く違う次元に移ってしまうときがある。
一つ一つの出来事の意味が違ってしまうので、感覚的には何もかもゼロから始めていかなければならない不安があるのに、とっても新鮮で、ワクワクするはじまりがある。
それは、自分が多くの人に支えられて生かされていることを実感したとき、それに気づけなかった自分の愚かさを認めたとき、そして人生をかけて果たしたい仕事を、第一優先して生きたいとの疼きを止められなくなったとき。
見た目は今までやってきたことの繰り返しでも、中身が全く変わってしまう。
そういうポイントが人生の中に何度かあるとすれば、昨日僕はその内の一つを迎えたかもしれない。
昨日から、まるで新しく生まれたような気がしている。
今朝、早朝に1曲書いた。
今、6つの系列の仕事が同時進行している。
一昨日までは圧迫に耐えきれず、心因性ストレスによるめまいを発症して、困っていた。
今もその症状は変わっていないのに、昨日から少し不自由なだけと感じるようになった。
そして、6つの中の5つの系列まで、この1週間が勝負だ。
以前の僕には耐えられない事態なのに、重くならない。
心の奥底から「大丈夫、超えられる。」の声がする。
今までやったことのないことへのチャレンジ、この一生の内の千載一遇のチャンス!
自分の限界に立ち向かい、突破し、次のステージに向かおうと思っている。

羽岡仁

2016-09-09
 
僕がまだ小学生になる前、その頃の神戸には、物売りが売り声を上げながら流し歩く風景があった。
そのいくつかの声が、今も耳に残っている。
どの声も節(メロディー)がついていた。
今でもハッキリ覚えていて唄える。 
「どうじゃえー アサリ、さいやいやーえ シジミ」、この売り声はもう歌の領域で、コブシが回って惚れ惚れするような節だった。
その中のひとつだけはその声の主と共に、僕の人生に影響を与えるものとなった。
その人は戦時中に配給された国民帽をかぶり、よれよれの国民服を着て、車もその上に乗せた箱も、全部手作りの木でできた手押し車を押しながら、「おこんにゃー、おこんにゃー」の売り声でこんにゃくを売る、30代ぐらいの男性だった。
今思えば、その人はかなり重い障害を持った人だった。
手押し車に体重をかけて、両足を引きずるようにして歩き、振り絞るような声で「おこんにゃー…」と言っていた。
一度、我が家からだいぶ離れた大通りでその人を見た。
その時、その人を取り囲むように、5~6人の小学生が「おこんにゃー、おこんにゃー」とからかいながら笑って、ついて歩いていた。
その人は泣きながら「おこんにゃー…」と言い続け、歩き続けてた。
僕はショックだった。
気づいたら僕も泣いていた。
不自由な体で、こんにゃくを売って、一生懸命生きている人を笑いものにしていたあの時の小学生たちは、あの後どんな人生を送ったのだろう。
そしてあの国民服の人の人生は…。
ニュースでパラリンピックの開会式を見ながら何十年も前の、忘れられない光景を思い出していた。
その開会式では今、身体障害のある人も知的障害のある人も、一人のアスリートとして参加し、拍手の中を行進している。
一方、世界は今、理想に向かうことに疲れ、差別主義、自国優先主義に向かう流れの中で、混乱に拍車をかけている。
その結果、人間の弱さをいやというほど見せつけられる場面が溢れてる。
しかしその一方で、様々な障害を持って生まれてきたり、事故や病気で、体の機能を無くした人や、知的障害を持った人たちが、失望を乗り越えて、トレーニングを積み、堂々と胸を張って笑顔で入場するシーンがあり、あらゆる差別を乗り越えようと、一生懸命生きる人たちがいる。
僕の中で、開会式の行進と「おこんにゃー」が重なって、涙が出てきた。
今、僕には分かる。
あの時僕は、人間の強さに打たれて泣いていたんだ。
そして、あの国民服の人は、泣きながら自分と戦い、自分に勝とうとしていたんだ。
人の強さとは、美しさとはそういうものだと思う。
どのような人生の条件であろうと、それを引き受けて、精一杯生きる人こそ、本当の勝利者だと思う。
僕も、あの国民服の人のように、強く生きようと改めて心に刻んだ。

羽岡仁

2016-08-31
 
台風一過、どこまでも広がる青空と、真夏の太陽が帰ってきた。
わずか2~3日の悪天候だったのに、随分振り回されてしまったなぁ…、と思いながら、自分の中から元気が湧いてくるのを感じている。
朝の街を歩きながら、見慣れた風景の一画が変わってしまったことに気づいた。
そこには、庭に白樺の木が植えられ、若い頃に憧れた、ヨーロッパ風の白い壁と、緑の窓枠の家が建っていた。
とても雰囲気のある家だった。
更地になると意外に狭い空間だった。
その家の角を曲がる時、心はつかの間ヨーロッパを歩いていたなぁ、と思い、形あるものすべてが移り行く儚さを感じながら歩いた。
大切なものや美しさ、変わらない確かさを、我が身の身体も含めて、形あるものに求めるなら、失う悲しみ、苦しみからは逃れられない。
普遍的なものやことへの感動は、形の奥底にある気配に触れた時、胸の奥底から泉のように涌いてくる。
それは、きっと僕の中心と、ものやことの本質が繋がって共鳴を起こす瞬間だと思う。
僕はそんな風に世界と繋がって生かされている。
そう実感している時、いつも希望に満ちている。
できれば24時間、この気持ちでいたい、と思うけど、そのうち、あれもやらなきゃ、これも片付けなきゃ、と思っているうちに、気がついたら、別人のようにイライラしたり、ガックリきたりしてる僕になってしまっていたりする。
それに気がつき、「負けるな、逃げるな、諦めるな」とつぶやきながら頑張ってきた。
ある時、回りの視線を感じて、ハッとし、気がついたら、駅のホームを「ガンバレ、ガンバレ」とつぶやきながら歩いていたことがあった。
今日も僕は「あきらめるな、あきらめるな」とつぶやきながら生きている。

羽岡仁

2016-08-22
 
リオのオリンピックが終わった。
これまでの、どのオリンピックの閉会式も、感動の涙をもらってきたけど、リオは今までにない新鮮な感動に会場が沸いた。
この2週間は涙腺が弛みっぱなしで、泣きおやじになっていた。
体操、水泳、柔道、レスリング、バドミントン、卓球、陸上リレー…と、日本人選手のめざましい活躍を映像で目の当たりにして、そのつど元気をもらい、涙した。
今回のリオオリンピックで、好結果が出る度に、日本選手から出てくる言葉は、結果が出るには、必ずそうなるだけの原因があることを納得させるものばかりだった。
そして、競技は異なっていても、そこには共通する想い、心構えが貫かれていることに感銘を受けた。
「自分の限界を超えて、悔いを残さない、これ以上はないところまで練習をしてきた。」、「最後の最後まで諦めない、と思って戦った。」、「チームのみんなを信じてた。」、「支えてくれた両親とコーチ、監督に感謝でいっぱいです。」、「皆さんの応援で力をいただきました。」…。
また、400メートルリレーの選手4人が、全員自分のことを言わず、「○○(さん)にバトンを繋ごうと思って…。」と話していた。
「私心を捨てて。」とか「感謝を忘れずに。」とか上から言わたら、なんとなく斜め横を向いてしまいそうになるけど、選手たちの言葉は、爽やかな風のように、スーッと胸に入ってきて、その後元気が湧いてくる感じで、利他心や感謝する心は、本当に幸せの素なんだと、深くうなずかせる力があった。
そして、特に柔道の日本人選手の活躍が目覚ましかったけれど、メダルラッシュの原因として、井上監督の画期的な指導方法が紹介されていた。
監督は、自身がメダルを逃した苦い経験から、日本柔道の美しさを大切にしながらも、フィジカルな面を強化し、さらに他国の格闘技を練習に取り入れたりして、実戦力を高めたという。
本来の柔道精神に向かいながら理想論に頑なにこだわることなく、しかし堂々と美しい技で勝つ。
アッパレ!!

羽岡仁

2016-08-16
 
今、台風が近づいてきている。
窓を打つ雨は、既に攻撃的な音に変わってきた。
この数年の夏の暑さは、明らかに亜熱帯の温度になってる。
雨も、風情のある夕立から、攻撃的なゲリラ豪雨になってしまった。
一方、僕らを取り巻く世界も、年々ハードさを増してきている。
奈良時代、他国である日本の衆生のために、命を賭けて海を渡り、救済の道を開いた鑑真和上のように、自らを投げうってでも、他を生かそうとする、自分に打ち克つ人間の強さより、時代、社会を覆う、唯物主義、刹那主義、利己主義の時代の三毒に呑み込まれた、人間の弱さに傾こうとする「今」にいかに向き合うのか。
そんな想いをずっと手繰り寄せて、曲を作ってはやり直しを繰り返した今年の夏だった。
そのつけが回ってきて、体にたっぷりダメージが返ってきた。
僕の仕事は基本的に休日がない。
しかし体に申し訳ないので、日曜日、丸1日休ませてもらった。
そして、6時間たっぷり眠った。
おかげで強い心が戻ってきた。
体も回復へのベクトルを指し示している。
既に世界は待ったなしで、弱いままで生きるのか、それとも強い生き方を選ぶのか、迫ってきている。
もっともっと強くなろう。
もっともっと強く生きよう。
次はもう始まっている。

羽岡仁

2016-08-08
 
僕はこれまでCM曲をたくさん作らせてもらってきた。
CM曲を作る段取りは、まずクライアントから広告代理店を経由して、音楽制作会社から作家に発注され、大きな企画の場合、クライアントの宣伝部、代理店、制作会社が一堂に会してミーティングすることがあるけど、通常はクライアントと代理店の間で作られた絵コンテをもとに、制作会社のディレクターと打ち合わせをして、作曲アレンジの作業に入る。
ところが、それとまったく違う手順で、というより、初めて経験する発注の仕方で、仕事をさせてもらったケースがある。
それは川越に本社を置く、イーグルバスのケースだった。
まずはじめに社長から丁重な連絡をいただき、本社に伺うと、コンパクトにまとめた資料をもとに、真剣なまなざしで、会社の目指す目的と方策を熱く語られた。
目的とは、一言で言えば、地域の人々と、従業員に、幸せになって欲しいという願いに尽きるのだけれど、その想いに至ったこれまでの歩みを聞かせていただいた。
創業者のお父様の「他人のために生きる」志に惹かれながらも、今のビジネスは、数字の結果を出すことのみを価値とする流れ…。
そのはざまで揺れる中から、経営にとって、本当に大切なのは、お客様のお役に立つことであり、喜んでいただくことで得られる、社員の働き甲斐、充実感との確信に至った。
そして、大手バス会社が、地域の人々にとってはなくてはならないけど、採算がとれないことを理由に廃止を決めた赤字路線を引き継ぎ、さらに、一時的に利益を減らしても、運転手さんの待遇の、思いきった改善を実施するという、常識はずれな選択をしながらも、アイデアと努力を重ねて、営業を起動に乗せていった。
そのコンセプト、「地域をつなぐ、人をつなぐ、心をつなぐ」を基に、社歌「心結ぶイーグルバス」を作詞作曲させていただいた。
今、その一部が、テレビ埼玉でCMに使われ流れている。
とてもやり甲斐のある仕事を担わせていただいて、本当にありがとうございました。

羽岡仁

2016-08-01
 
僕には1977年以来、ずっと続けてきた仕事がある。
1974年シンガーソングライターとしてデビューした後、事務所が解散することになり、他の事務所の誘いもあった中で、シンガーソングライターの自分を続けるモチベーションを無くしていた僕に、ある方が、「仕事」として音楽を続ける道と心構えを教えてくださった。
そのお礼にオーダーではなく、僕の感謝の気持ちを音楽という形にしたことから始まって以来、今に至っている。
飽き性の僕が、この約40年もの間、休むことなく続けてこられたのは、その後も壁にぶつかる毎に、間接的にだけれど、乗り越え方を教えてもらいながら、仕事を続けて来られたことへの感謝の気持ちを表し続けた結果だと思う。
つい最近、その返礼として「友情」という、思いもかけなかった言葉をいただいた。
「そう思ってくださってたのか」と思った瞬間、この40年間が走馬灯のように蘇り、僕はじわじわと胸に込み上げてくる熱いものを感じていた。
この40年間、お礼のつもりで始めた仕事が、今では僕のライフワークになってしまった。
人生とは不思議なものだ。
40年前には偶然としか感じられなかった出会いが、今では必然としか感じられない。
そしてさらに、気がつけば全ての出会いの必然が見えるようになっていた。
その出会いを素晴らしいものにするか、残念なものにするか、それは全て自分の心にかかっている。
そう思えば、未来は自分の思い方、生き方の選択にかかってくる。
そして今、40年間、支えられてきたものは「友情」だったし、これからの僕を支えてくれるものも、さらに深められ、強くなっていく「友情」だと思っている。
世界の本当の姿は、全ての人が、存在の深いところでは、すでに友情で結ばれている姿だと思う。
目を覆いたくなるような悲惨な出来事が続いている今こそ、表面的な違いや好き嫌いを超えて、お互いの「友情」に応えあい、共に手に手を取り合って現実に向かい、希望の未来を創造していくときではないかと思う。
僕にはそう思えてならない。

羽岡仁

2016-07-24
 
ようやく仕事が一段落、ホッとできる筈なのにホッとできない。
次の要請が来ている。
具体的にオーダーを受けた訳じゃないけど、自分の果たすべき仕事が確実に僕をめがけて迫って来ている。
今回の仕事もスケジュール的にはギリギリで、しかも内容的に、自分のキャパシティーを超えたものだった。
こうして、どんどん、その時点での自分の限界を打ち破らなければ出来ない仕事をいただいている。
今回、仕事を終えて、普段の自分は、知らず知らず、見えることやもの、時に人をも自分の都合で仕分けして、表面的な評価を下して、それを判断基準に生きてしまっていることに気づかされた。
今さらながら、この世に大切でない存在など一つもないということ。
すべてが生かされ、育まれている存在であるということ。
そして僕は今回の仕事を通しても、確実にあるべき自分の姿に導かれていることを、今、静かに感じ、深く感謝している。
音楽は、理想と現実をつなぐ道具だという言葉があるけど、今回の仕事を通しても、その理想と現実をつなぐ音楽を創るというはたらきは、知識と技術に加えて、高い境地を求められるはたらきだと痛感させてもらった。
そして、自分の情けない境地をいやという程見せつけられた。
だから、まだまだ僕には成長の余地が残されていると思った。
まだまだやらなきゃいけない仕事があると思って、ハーハー息をしながら、未だ蒼き人生の道を歩いている。

羽岡仁

2016-07-16
 
フランスのニースで、またも痛ましい事件が起きた。
トルコでも非常事態に陥ってる。
ユーロの不安定といい、世界には今、痛み、混乱、停滞、破壊が噴出している。
その世界を構成しているのは、僕たち一人一人の人間だから、その僕たち一人一人の心が世界の現実を生み出していると言えるだろう。
世界の現実が厳しい状況にあるということは、僕たち人間の心が厳しい状況にある、ということになると思う。
人は人を差別したり、排除したりもするけど、信じて支えることもできる。
現実を否定的な想いで受け止めれば、不信を深め、広めてしまうことにもなるだろうし、その逆に、現実をしっかりと見取り、可能性と制約を弁別した上で、今ある困難な状況を条件と受け止めて、可能性に向かって肯定的に生きることで、クリエイティブな未来を生み出していくことができるだろう。
そうなると、問題は心のあり方ということになる。
しかし、自分自身の心であっても、揺れ動く心をつかむことは至難の技だ。
僕は『新 祈りのみち』(高橋佳子著)という本に出会って実にスッキリした。
今では手放せない座右の書となった。
その中に書かれている12の菩提心を、自分の心の土台としたいと願っている。
小さな僕だけれど、まず自分の心の中の、痛み、混乱、停滞、破壊を、歓び、調和、活性、創造に変えて生きていきたいと思っている。
間違いなく世界のワンピースである僕が変われば、ほんのわずかではあっても、世界の未来は変えられる。
そう思っている。

羽岡仁

2016-07-09
 
もう何十年も歌や曲を作ってきたけれど、当たり前だけど、同じものを作ったことがない。
それは同じオーダーがなかったからで、もし自分の好きなように作ってれば、同じような曲を作っていたかもしれない。
そしてジャンルもクラシカルなものからジャジーなもの、果ては演歌に至るまで、ありとあらゆるスタイルの曲を作ってきた。
これもオーダーがあったから出来たことだと思う。
そして僕には得意なスタイルがない。
かつてはそのことを引け目に感じていた。
若い頃は必死に自分の居場所を探していた。
でもある時、何かのジャンルに居場所を作ろうと思うのを止めた。
それ以来、居場所は今僕のいるところになった。
僕に毎回、違った種類の曲がオーダーされるのは、そのせいかもしれない。
そして、いまだに若い人向けの企画を頂いたりする。
だから毎日、結構緊張感も持続している。
のんびり歳をとってもいられない。
毎回仕事に圧迫される日々を送らせていただいている。
最新の曲を作っていた時、その曲を待ってくれている人たちが心に浮かんだ。
とっても締め切りの近い、急ぎの仕事だったし、高いクオリティーを求められる仕事だったので、圧迫も強かったのだけど、何故か嬉しいと感じていた。
そして、これまで仕事のたびに圧迫されることから解放されたいと思ってきたけれど、この圧迫は、自分の限界、弱さを鍛え、突破しようとする圧迫だったんだということに気づかせてもらった。
僕は今オーダーに対して本当に感謝している。
そして、そのオーダーを生み出してくれた社会にも心から感謝している。

羽岡仁

2016-07-01
 
このところ、仕事が2つ以上平行して進行する状態になってきている。
だから自分の中で、チャンネルを切り替えながら頑張っている。
不思議なことに、普段よりこんな時の方が作業効率がいい。
緊張感がいい方向に運んでくれているのかもしれない。
そんな状態が続く中で、ふとあることに気づいた。
同じような仕事の場合、以前よりも能率が良くなっているように感じることが、明らかに増えている。
それと、以前であれば、自分には無理、出来ないと思っていたような場面で、出来る、やろう、と思っていることの方が自然になってきている。
マラソンランナーの第2呼吸はよく知られてる。
走りを持続する中で、苦しさの頂点にきたところで急に呼吸が楽になる現象を言う。
それからのスピードは落ちるどころか、逆に上がっていくそうだ。
僕は最近、人生にも第2呼吸があるんじゃないかと思っている。
確かにある時期まで、生きることがどんどん辛くなっていたのだけれど、いつの頃からか、積極的に生きようと思うようになってきた。
決して生きることが楽になった訳ではないけれど、苦しくて倒れそうではなくなった。
時折、我ながら軽快なフットワークを感じることがある。
今僕の人生は、「未来は変えられる」方向に、大きく舵を切ろうとしているような気がしてならない。

羽岡仁

2016-06-24
 
英国がEU離脱を決めた。
世界は同時進行している。
早速日本の株価は暴落して、世界経済はパニックを起こし始めている。
そして犯人探しも始まっている。
しかしこういう時こそ泰然自若として事態を混沌としたカオスと受け止め、発生する制約をしっかりと見た上で、否定的な想いを肯定的に前向きな想いに変えて、必ずあるに違いない可能性を見つけ出し、心を尽くし、力を尽くして未来を変えていきたいと思っている。
かつて、自分ごときが頑張ったところで、世の中に影響などないという時代の空気に呑まれ、ただ流されていた時期があった。
その頃僕は自分の人生を誰かに任せて、やってくれることを当てにしていた。
やってくれなければ文句を言ってた。
自分の人生の主導権を放棄していた。
しかも、その自分の状態に全く自覚がなかった。
その頃の僕と今の僕と、同じ人間であって、同じ人間でないような気がしている。
さぁ、これからどうなっていくんだろう、と思っていた僕と、よし、どこから手を着けようか、と思っている僕。
どんなに小さな存在でも、僕は僕の限界を突破して生きようと思っている。 
今、僕の人生の主導権は僕が持って、自分の責任で生きようと思っている。

羽岡仁

2016-06-21
 
過去を手放したら、しばらく忘れていたワクワク感が出てきた。
過去に縛られてた訳ではなかったが、振り返るうちに、ついついとらわれていた部分もあったようだ。
日々の忙しさの中で、いつしか仕事をこなす感じになっていたある時、心の底から、これは違う、おかしい。
自分がまだ本当の自分になっていない、と突き上げるような想いが出てきた。
そうだ、本当の自分になって本当に果たしたい願いを生きよう、と思った。
失敗したらその時考えよう。
つべこべ言わずにやってみよう、と思い立った時、ある友人が「今やっとかないと、やる時なくなっちゃうよ、死んじゃうんだから。」と電話をかけてきた。
それから20年ほど経った。
そして気づいたことがある。
常に作り、準備して、鍛えるようになれば、スケジュールには終わりが来ないということ。
目の前にあるのは過去の未熟に学び、挑戦を待ち構えている未来があるだけだということ。
その未来に挑戦し続ける限り、たとえこの世での最後の挑戦を終えても、まだ次の次元の挑戦は続いていくということ。
そうして今は過去の生き直し、プラス新しい挑戦になっていく。
そのとき現在は同時に永遠になっていく。
その時視界がバッと広がる。
希望に出会えた瞬間だ。
光に打たれた瞬間だ。
今僕はワクワクしている。
そして嬉しい!
それで十分だ。

羽岡仁

2016-06-14
 
新曲とは、文字通り新しい曲という意味だけど、何が新しいのか、ということになると、いろんな意見が出てきて、結局普通はメロディーが新しいとか詞が新しいとか、いやサウンドが新しい…、とまぁ、だいたいそんな話になっていく。
僕も長らくこの「新しい」を追いかけ、時には悩まされながら曲を作ってきた。
新しいメロディー、詞、サウンドは結果であって、その曲に今の空気感があるか、今の時代に共感力を持っているか、という一般的な解答はあるので、集中していけば、そして今という時代の気分のメロディーと詞ができれば、後はそれを流行りのサウンドに乗せればOK!
なんだろうけど…、やっぱりそれだけじゃあつまらないと言うか、まるで料理の食品サンプルのようで、見た目美味しそうでも食べられない。
ショーウインドーの中に入れて見る限り食べたくなっても、テーブルに出されたら困ってしまう。
それに、最近僕は歳とともに和食がよくなり、かつ年々淡白で質素なものが好きになってきた。
魚も野菜も、素材の味は本当に深くて優しい。
そんな味がする歌を作りたいと思うようになってきた。
そんな味がする歌を歌いたくなってきた。
そんな曲が、今の僕にとっての新曲になりそうな気がする。

羽岡仁

2016-06-07
 
それまでずっと当たり前だと思っていたことが、当たり前じゃないことに気づく時ほど嬉しいことはない。
驚きとともに、何か一瞬にして世界が変わってしまう感覚と、えもいわれぬ幸せを感じ、思わず「ありがとう!」と叫びたい衝動にかられる。
今日こうして人と出会えて挨拶を交わし、言葉を交わせること。
そして、仕事があること。
作詞作曲をさせてもらえること。
歌わせてもらえること。
レッスンを受けてくれること。
スタッフに支えてもらっていること。
家族に支えてもらっていること。
食事をいただけること。
空気があること、飲み水があること。
健康に働けること。
お風呂に入れること…。
もっともっと…、当たり前の日々が、当たり前じゃなく、有り難いことの連続に変わるとき。
本当の人生が始まるのだと思う。
毎日、もったいないことに、そうとは知らずに奇跡の連続を体験してきて、今も、僕は新しい奇跡の中で生かされている。
しかしその奇跡の、ほんのわずかなかけらしか、今の僕には奇跡と感じられない。
それでも人生は素晴らしいと思える。
もっともっと本当の世界が見えて、世界のそのままを感じられるようになれたら、どんなに素晴らしいだろうと思う。
それにはもっともっと自分を砕いて、透明にしていく努力が必要だ。
そして、やがて颯爽とした風のように生きる日を想い、きっとその日が来ると信じ、今日からを生きようと思う。

羽岡仁

2016-05-30
 
今、僕は次の活動に向かって曲を書いている。
これまでずっとオーダーに応える仕事をしてきて、はたと立ち止まって考えてみると、そのオーダーを形にするということは、自分以外の誰かが思いついたドラマや風景や感情に共感することから始まっている。
僕はこれまで自分について、とても閉鎖的で、自分勝手で、つきあい辛い、嫌な人間だと思ってきた。
よく世間では、自分が好きだという人がいるが、少なくとも僕は、自分が好きになれなかった。
しかし、仕事を見る限り、オーダーする側から見れば、想いをよく聞いてくれて、分かってくれる、いい人の僕がいたようだ。
仕事をした人全員がそう感じたとは思えないけど、深いつきあいさえしなければ、わりかしいい人の僕が確かにいたようだ。
僕は長い間「嫌な奴の自分」を僕だと信じて疑わなかったのだが、つい最近、もしかすると「いい奴」の自分が本当の僕だったのかもしれないと思うような出来事が、立て続けに何件かあった。
一つ一つの出来事は取り立てて言うほどのものではないのだが、共通しているのは、僕は今まで、相手のミスや不足を、受け止められなかった分、不満や怒りになってただけで、原因は相手にあるんじゃなくて、自分の未熟が原因だったんだと気がついたこと。
他人から見れば、なんだそんなこと、当たり前じゃないか、今ごろ分かったのか、と言われそうだけど、僕にとっては天と地がひっくり返るほどの大事件なのだ!
今まで仕事する時の自分と普段の自分とは別人だと思ってきたけれど、どうやら本当は、歌を書いてる時の僕が本当の僕で、普段も同じ僕でよかったようだ。
普段も歌を書く時も同じ僕なら、これからどんな歌が書けるのか、なんだか面白くなってきそうだ。

羽岡仁

2016-05-23
 
「ただ鑑賞のためだけに咲く花ではなく、自然に咲く花を、私たちは美しいと思うのです。」

「くいしん坊万才」の初代レポーターとして活躍された、故 渡辺文雄さんのナレーションで、キューピーマヨネーズ「野菜の花シリーズ」のCMで、その後、平尾昌晃さん等が続いて、ヒットCMとなったBGMのトップバッターとして、僕は初めて映像のBGMを作った。
当時、CMと言えば、その殆どが商品連呼形だった。
それに対して、所謂イメージCMの先駆けとして、このキューピー「野菜の花シリーズ」がテレビに登場し、その年の広告大賞を受賞することとなった。
ただ、デビューしたてのシンガーソングライターが、名前のクレジットも無しにCMのサウンドクリエイトを担当するなど、当時も今もあり得ないことなのに、何の疑いもなく、僕は仕事として作曲をした。
今なら花が咲きそうな畑に小さなデジタルカメラをセットし、スローで素人でも撮れてしまうけど、当時このCMの撮影は、農家の協力で、キュウリやカボチャなどの野菜畑に穴を掘り、そこに35ミリフィルムの高速度カメラを設置し、カメラマンが24時間交替体制で、花の開花の兆しを待ち、機をとらえてカメラを回すという、気の遠くなるようなことをやっていた。
そしてラッシュには、僕も作曲担当ということで呼んでいただいた。
制作に関わったスタッフ全員が、息を飲むような緊張の中、ベストの映像を撮るために、数年がかりで撮影してきた映像が、次々と上映された。
全部上映し終わった後、室内が明るくなった途端、堰を切ったように、みんなこらえきれなくなって、こみ上げる涙をあふれさせた。
撮影スタッフは思わず抱き合って泣いた。
スタッフ全員が入り交じり、手を取り合って喜んだ。
そのうち一人が僕の手をとり、「いい音楽作ってください。よろしくお願いします。」と言ったら、次々とスタッフがやって来て、全員と握手した。
みんな爽やかな目に、いっぱい涙を潤ませていた。
今も、その時の小さな、淡く清楚な美しい野菜の花たちのラッシュが目に浮かぶ。
その後、編集された映像に音楽を入れた時、今度は僕が感動して胸が熱くなった。
僕はその後、知らず知らずこのコピーを追いかけて生きてきたのかもしれない。

「ただ鑑賞のためだけに咲く花ではなく、自然に咲く花を、私たちは美しいと思うのです。」

このコピーには、今もずっと僕の憧れが詰まっている。

羽岡仁

2016-05-17
 
お相撲さんが現役を引退する時「体力、気力の限界です。」と、必ず言う。
昔、ウェイトリフティングをやっていた友人のM君が、ある相撲部屋のトレーニングを指導していたことがあって、その頃彼に聞いた話では、格闘技の中で最も体力を使うのは相撲だということだった。
だから現役寿命も短いということらしい。
一方僕の仕事について言えば、体力の方は病気にさえ気をつければ、声さえ出れば、生命ある限り、またお客様が来てくださる限り、歌うことができる。
ただ気力の方は、そう思い通りにはいかない。
スランプという言葉があるが、歌手というのは何もしなければ、常にスランプの危機を抱えている仕事とも言える。
俗な言い方をすれば、売れているうちは、勢いに乗ってスランプになってる暇もない。
人生、山あり谷ありなので、暇になったりすると、途端に慌てたり、落ち込んだりで、テンションをキープできなくなったりする。
すると、自分でも気がつかない間に歌が変わってたりもする。
中にはそこから抜け出ようとして、薬物に手を出してしまった人を何人も見てきた。
そんな時、「自分は何のために歌うのか?」を自問するチャンスを与えられてると感じられたら、それまでとは全く違う道が見えてくる。
そしてその道には成功も失敗もない。
今をベストを尽くして生きてゆく。
その現在進行形の人生が開かれていく。
希望の未来に向かって行く人生が始まる。

羽岡仁

2016-05-08
 
人には、毎日が新鮮な朝を迎えていたんだ、と同時に今日の日は二度とないんだと、ハッとする経験をする「とき」がある。
学生時代を終えて、社会人になって以来、単発、レギュラーを含めて、数え切れない「始まり」と「終わり」を経験してきたけれど、一生を通しての大きなサイクルの仕事を終えるときは、その時胸に去来する数々のシーンとともに、くっきりと「終わり」を実感する。
そんな時、本音を言えば、しばらくは一人感慨に浸っていたくなる。
しかし、現実は既に次が始まっている。
休むこともなく、次の要請に応えるべく準備を始めなければならない。
思えば、かつては一つのイベントでさえ、終わった後しばらくはその余韻に浸っていた。
しかし今は絶え間なく未来から押し寄せてくる「時の圧力」を感じている。
油断して停滞したり、後ろを向いたりしていると、あっという間に望まない現実を作ってしまう。
もうそんな後悔を繰り返すことはやめよう。
未来に向かう時、人は希望に満ちている。
だから、準備をしよう。
そして次の「始まり」を始めよう。
人生に終わりはない。
いつも「始まり」しかない。

羽岡仁

2016-05-01
 
音楽を教えることを始めた当初は、一年間に決まった分量の知識と技術を教えることで精一杯だった。
そのうちに、本当に教えようと思ったら、個々の生徒のいいところを引き出していかないと、いくら前に進めても、伸びていかないことが分かってきた。
そうすると生徒によって知識や技術の分量が違ってくるのだけれど、生徒が分からないところをそのままにして次に進めると、その結果、生徒から音楽を遠ざけてしまうことになることに気がついた。
全く愚かにも、そこまで経験してはじめて、生徒は、一人一人全く違う背景と条件と人格を持った、かけがえのない存在であることに気づいた。
そうしていくうちに、音楽講師という仕事は、教える仕事ではなく、生徒のそばについて、その生徒の中にある音楽が、芽生え、成長していくように、生徒と一緒になって育てていく仕事だったんだと思うようになってきた。
1曲1曲が違っているように、一人一人が違っている方が自然なので、人は自分に流れ込んできたいろんな影響から解放されて自由になれば、きっと誰もが、間違いなく清々しい個性を現していくに違いないと思っている。
「傍らに寄り添う仕事」
大変だけど、僕は神様に人の成長を間近で一緒に体験できる歓びを与えてもらった、と感じている。

羽岡仁

2016-04-24
 
作曲科の新入生の一人が、最初の授業で入学動機を聞くと、卒業生で作曲家になった何人かに憧れて、入学したいと思ったと話してくれた。
それを聞いた時、名前が上がった元生徒たちが、まだスタジオの外のラウンジで、授業を待ってるような感じがして、笑ってしまった。
教師としては今も未熟だけど、あの頃はもっと未熟だったと思う。
そんな僕の授業を受けて、みんなよく頑張って、プロを目指す若者に、憧れられるようなプロになってくれたと思う。
これから勉強する生徒たちの中からも、是非後輩から憧れられるようなプロが出てきて欲しい。
それは決して平坦な道ではない。
非常に厳しい道と言っていい。
だからこそ、「夢と希望」を持ち、さらに、その「夢と希望」を自分だけにとどめず、自分以外の回りへ、さらには世界へと拡げていって欲しい。
未来は今日から始まっている。
僕にとって、生徒たちは夢と希望、そして未来だ。
是非、夢と希望を育てて、多くの人に寄り添えるプロに育って欲しいと願っている。
僕も気を引き締めて、生徒たちと一緒に勉強していこう。
未来を作っていこう。

羽岡仁

2016-04-17
 
自然のエネルギーを前にした時、僕たち人間はなんてちっぽけなんだろう。
またしてもそれを痛感させられる地震が起きてしまった。
ニュースを見て咄嗟に、年賀状代わりのメールをくれた元生徒の顔が浮かんだ。
彼はしばらく東京で働いた後、九州の実家に帰り、地元の企業に就職したとの報告を、その喜びとともにメールを送ってくれていた。
早速安否確認のメールを送った。
やきもきするうち何時間か経ち、「こんな事態なんだから、バタバタしてメールどころじゃないだろう。」と心配な気持ちを切り替えようとしていたら、「強い揺れが複数回あり、家族と一緒にいつでも逃げられるように準備しています。」とメールが来た。
本当にホッとした。
どうやら彼の実家は被災地の中心にかなり近そうだ。
なんとか無事でいてくれることを祈っている。
新聞やテレビのニュースで、亡くなられた方の人数を見たり聞いたりする度に思うのは、お一人お一人の人生には、何十分の1ではない、語り尽くせない出会いとドラマがあっただろうということ。
そしてそのお一人との突然の別れは、どれ程たくさんの人の想いに影を落としたことだろう。
また被災され、家が壊れたり失われたりして、突然不自由な生活を余儀なくされた方の気持ちを思うとき、どんなにか不安だろう、夜はどれ程心細いだろうと想う。
今は、ささやかだけど、自分にできることをしよう。
そして、わずかな支えにでもなれるよう、心を込めて、祈ろう。

羽岡仁

2016-04-13
 
昭和から平成に変わった時、ただ平凡に昨日から今日になっただけだったのに、世の中の空気が変わった、と感じた。
新年度となり、先週から今週になった時、やはりガラッと変わったと感じている。
4月10日を境に、僕の中の世界が一変した。
年号が変わった時は自分の外側の変化だったことに対して、今回の変化は、自分の内側に起こった。
以前から、僕には時に自分が世界と、もっと言えば宇宙とどんどん近づいていって、ついには同化してしまうような感覚と、それとは真逆に、世界がどんどん遠ざかり、自分と世界との間に見えない壁ができてしまう、両極端の感覚があって、いつもその間を行ったり来たりしているような感じがあった。
その心を、高橋佳子著「祈りのみち」のお世話になりながら、毎日毎日振り返り見つめてきた。
4月10日は、1日まるごとデジャブの中にいるような、不思議な日だった。
翌日、目が覚めると、起こる出来事に自分の心がどのように反応しているかが、ものすごくクリアーに見えた。
そして、その出来事すべてに意味があると感じられた。
瞬時にその意味が分かる訳ではないけど、前日までのように、出来事が漫然と目の前を通りすぎて行く感じではなくて、すべての出会いと出来事がつながっている感じが強く迫ってくる。
そして、世界と離れそうになると、ハッとして元に戻る。
さらにそれは、自分のアイデンティティーを守ろうとする、僕自身が作った護身術だったことに気がついた。
そして世界と、宇宙と同化してしまう感覚は、いつも作詞や作曲の仕事をしている時、テーマを追いかけて何度も書き潰し、これ以上無理というところから始まり、世界と同化した時に書き上がる。
いつも感じていると思っていたのは、その時の余韻を感じていたり、思い出したりしていたため、ということが分かった。
それも、自分の充実感を捕捉するための護身術だった。
全ての幸せを願い、あるがままに出会い、あるがままに感じること。
知らず知らず、安らぎへの道へ導かれてきていたようだ。
まだ本当に安らぎの中にいるとはとても言えないけど、変化は確実に訪れている。
今、本当に未来は変えられると思える。

羽岡仁

2016-04-05

玄関の前の桜が満開になった。
雨にも負けず、風にも負けず、頑張って咲いてくれてる。
一方僕は、2週間ほど前から腰が痛くなり、ついに限界、と思っていたが、昨日の雨の中でも頑張ってた桜に、背中を押されて整体に行った。
結果は蓄積疲労で背中から腰の筋肉がストライキを起こしかけていたための腰痛と分かり、硬くなった筋肉を弛め、骨の歪みを矯正してもらって、ずいぶん楽になった。
心も身体も使いっぱなしだと必ず疲労から歪んだり、硬直したりして、充実した仕事ができなくなる。
そうなると結果としてたくさんの人に迷惑をかけてしまう。
そこで心には
「風」は遠くから、何かを運んでくるものです。淀んだ大気の谷に、一陣の「風」が吹き抜けるとき 清新な空気が流れ込んで気配がまったく変わってしまいます。…―高橋佳子著「祈りのみち」、「風の心」を育む祈り、でスッキリして、正気と生気を取り戻す。
今日はコーラスのレッスン。
さぁ、僕もみんなも満開の花を咲かせよう!
行ってきます!

羽岡仁

2016-03-30
 
僕が講師をしてる学校では、前期と後期の終わりに、各教科別に、講師が生徒の発表を聴いてアドバイスをする、クリニックと呼ぶシステムがある。
僕は作編曲科とボーカル科のクラスを担当しているので、その2つの科の生徒の発表を聴いてアドバイスのコメントを生徒に直接伝える。
今年の作編曲科は、去年に続いて業界に巣立って行く生徒を出した。
自分のこと以上に嬉しい。
しかもこの生徒の作品は、某放送局のイメージソングのコンペを征し、4月からのオンエアも決まった。
またボーカル科からも、ミュージカル大手養成所合格者が出た。
それ以外にも、まだ結果は出てなくても、本人の気持ち次第で時間の問題と言える生徒も何人かいて、我ながらウチの学校の伝統的なクオリティの高さに得心した。
最近の音楽業界を取り巻く環境は年々厳しさを増し、デビューを果たせても、そこからが苦労のはじまりと言える。
僕の受け持った生徒たちも、卒業後、それぞれに苦労しながら音楽を続けている。
大変だと思うけど、音楽は辛いときや悲しいときを支えてくれる。
そして音楽を通しての出会いは、生きる世界を広げてくれる。
卒業後、音楽以外の道に進んだ生徒たちも大勢いる。
その卒業生たちにとっても、学校で勉強したことや、出会った音楽や友達は、心を豊かにしてくれていることと思う。
だからみんなが、少しでも音楽と出会えて、音楽をやっててよかった、と思ってくれていたら、それが一番嬉しい。
ウチの玄関の前の桜ももう少しで満開。
巣立っていった元生徒たちの人生が、それぞれの条件の中で、満開に咲いてくれることを、願って止まない。

羽岡仁

2016-03-22

家の玄関前に立つ桜の木は、今いくつかのつぼみが開きかかっている。
まだ寒そうで、それでも頑張ってるようだ。
こういう一途さに心を打たれる。
以前から密かに感じていることだが、こちらが心を開き、身体中の感覚を澄ましたら、動物も植物も、一生懸命生きているのが伝わってきて、一緒になれる時がある。
ウチのリビングの観葉植物も、水をやっていても、僕が元気のない時はなんとなくしょんぼりしてる。
僕が元気な時は色ツヤもよく、とても元気だ。
この子たちは全身全霊で僕を思いやってくれてる。
僕は頭でっかちになってしまって、分かったような理屈を言うけど、その分「素の感覚」を忘れてきたようだ。
必死で思いだそう。
もう一度単なる生き物からやり直そう。
桜君ありがとう。

羽岡仁

2016-03-18
 
うちの近所の梅は上品に咲き、玄関の前の桜のつぼみは、休眠打破を待つ態勢に入っている。
春だ!もう少しで春だ!
どんなに杉花粉にじゃまされても、春を満喫するぞ。
それもあきらめないことの一つ。
また新しい曲を作るぞ!
これは投げださないことの一つ。
ずっと歌い続けるぞ!
これは捨てないことの一つ。
そのために体力を維持するぞ!
新しい挑戦をするぞ!
他人のせいや、世の中のせいや、運命のせいにしないぞ!
…と自分で言った言葉が自分に跳ね返ってくる。
元気ってこういうことだったんだ、と納得する。
元気を忘れると気がつかない間にうつむいている。
弱気になっている自分に気がついてハッとする。
そんな時、颯爽とした、風のように生きる自分を思い起こす。
すると元気が蘇ってくる。
今日はあるサークルのレッスンの日、サークルのみんなの元気な顔が見たい。
そのためにみんなが喜びそうな曲を採譜しよう。
時間はないけど、やろう。
だんだん元気が出てきた。
みんな、ありがとう!
今日も、僕の心から元気を引っ張り出してくれてありがとう!

羽岡仁

2016-03-11
 
2011年、3.11東日本大震災は僕の人生観を決定的に変えた。
1995年、1.17阪神淡路大震災では神戸の実家が全壊し、町内で37名の方が命を落とされた。
母は早朝、老人会で催された、近くの公園での体操に出かけていて無事だった。
それから2012年に母が亡くなるまでの17年間は、実家の建て直し等々、また最後の5年間は母の認知症、その間にビクターでの2ndアルバム「向こう岸から」再販売、OMAGATOKIからライブアルバム「KIZUNA」の発売で、また歌手活動を開始、東京と神戸を行ったり来たりと、あわただしく時が過ぎて行った。
その最中に3.11を迎えた。
神戸は廃墟のような瓦礫の街から、少しずつ人の気配のある街へ、やがて人の行き交う街へと変わっていった。
僕は忙しさや煩わしさを、震災と絡めて、やれ国が、県が、市が悪いと犯人に仕立てては、不満を抱いていた。
しかし、その間にも黙々と復興に向かう人々を目の当たりにした時、その逞しさと崇高さに照らされ、自分が恥ずかしくなった。
そして3.11の津波の跡を見た時は、ここの復興は自分の生きているうちに見ることはできない、と思った。
僕はあきらめようとしていた。
しかし、その東北にあきらめない人たちがいた。
肉親を失くした人たちが明日に向かっている。
消せない喪失感と深い悲しみを抱きながら、笑いあって、手を取りあって生きている。
僕はこの人たちと会っている時が楽しい、嬉しい。
いつの間にか身内のような気持ちになっていた。
いつの間にか僕も復興を信じるようになっていた。
不満を持つより、あきらめるより、ずっとずっと、比べ物にならなく気分がいい。
みんなの笑顔に会いたい。
僕は、僕という人間を二つの震災に変えてもらったような気がしている。
信じること、耐えること、あきらめないこと、そして笑顔の大切さを教えてもらった。
ありがとう神戸。
ありがとう東北。

羽岡仁

2016-03-04
 
神戸出身の僕は、震災の後、復興し続ける神戸を誇らしく思ってる。
2012年に母が亡くなって、見送った後、それまでの緊張が一挙に解け、街の風景がリアルに迫ってきた。
そこは僕の知ってる街じゃなくなっていた。
そして東京の家に帰って来て、ビートルズの「In my life」を聴いた時、僕は、僕の中に広がる神戸を見ていた。
気がつくと涙が出てた。
there are place's I'll remember…
不思議な気持ちだった。
番組の中で話した、高校生の時、初めて聴いた曲とは趣が違ってた。
震災の後、神戸には何度も行ってたのに、母の身の回りの雑用に追われて、気が回っていなかったらしい。
母がいなくなって、僕はやっと僕の風景を取り戻したようだった。
そしてその風景は想い出の中にだけ広がっていた。
僕がそうであったように、あなたの人生のみち往きにも、忘れ難い人や出来事や風景がおありなのではないでしょうか?
それを是非聞かせて欲しいと思って、僕の番組の中にコーナーを作りました。(※現在、番組は終了しました。リクエストをお送り下さった皆様、ありがとうございました。)
「In my life」
それは時に感動であったり、苦い経験だったり、淡い想い出だったり、時には笑っちゃうようなしくじりだったりするでしょう。
そしてその時、忘れられない歌や音楽が流れていたのではないでしょうか。
そのお話と想い出の歌や音楽を教えてください。
お待ちしています。

羽岡仁

2016-02-28
 
僕はシンガーソングライターとしてデビューした。
アマチュアの頃、ある時を境に、歌うごとにお客様が増え、やがて複数のレコード会社から声がかかった。
そしてデビューしたのだが、今振り返れば、歌を仕事にしようという意識があまりなかったように思う。
僕の中では歌=仕事とはなっていなかった。
ビジネスとしては理解出来たのだが、「仕事」の実感が持てなかった。
やがてオーダーを受けて詞や曲を書く仕事になった時、少し気持ちが安定してきた。
さらに学校で教えるようになってからは、気がついたらずっと生徒に、ガンバレ、ガンバレ、と言い続けている。
そして、再び歌い始めてからは、ずっとガンバろう、ガンバろう、と歌い続けている。
作る歌も、やはり言葉は違っても、ガンバレ、ガンバろう、と作り続けている。
そして、自分にも、ガンバレ、ガンバレ、と思い続けている。
僕はやっと、自分の本当の仕事にたどり着いたようだ。
心が元気になってもらうこと、そして心に風を起こすこと…。
それが、やっとたどり着いた僕の本業のようだ。

羽岡仁

2016-02-17
 
ビートルズのメッセージを凝縮すると、やっぱり『愛と平和』だったと思う。
その頃の若者は政治の季節を生きていたので、そのようなビートルズのメッセージを、「軟弱だ」とか言ったりしてたのを思い出す。
僕は「そうかなぁ…。」と思ったりしていた。
それから僕はいわゆるメジャーデビューして、いわゆる『アーティスト』になった。
その頃の音楽業界では『メッセージ』や『サウンド志向』、「まっすぐじゃなく、ひねって…。」なんて言葉が横行していた。
ビートルズの『カタチ』が商品価値になっていた。
そんな『アーティスト』に疲れて、次に僕は『作家さん』になった。
そこでもその時の流行りがあり、「イマは、…じゃない?」という「…」がいっときどこへ行っても、誰もが言っていて、それが終わるとまた次の「…」ばかりで盛り上がって、という状態が今だにずっと続いている。
長い間僕は、ビートルズが『愛と平和』をメッセージした時のことを想像して、おそらく4人は未来から吹いてくる強風に向かっていたんじゃないかと思っていた。
だから、グループが分解していった面もあったように思っていた。
今や『愛と平和』は70年代ファッションとなって、ポップアート史の何ページかを飾っている。
だけど僕はあれからもずっと、『愛と平和』は最強のメッセージであり、人類の永遠の憧れであり、テーマだと思ってきた。
しかし、ビートルズをはじめ、そのメッセージを生きようとした人は、ことごとく得体の知れない渦に巻き込まれ、空中分解していった。
ところが高橋佳子著『未来は変えられる』のカオス発想術を読んだ時、心で何かがピカッと光った。
このカオスこそ、ビートルズをはじめ、未来に向かって行こうとした人たちが呑み込まれていった、『得体の知れない渦』の正体だ!
その時、僕の中で『愛と平和』は現在進行形に変わった。
50年近く前、ビートルズ解散と同時に、そのままの姿で固まってしまったあの時の憧れが、息を吹き返した。
今僕の胸の中で、ドキドキと鼓動を始めている。
未来を愛と平和に変えられる…。
こんなにワクワクしたことはない。

羽岡仁

2016-02-08

南青山マンダラのライブが終わった。
それと同時に新しい音楽活動が始まった。
これまでの人生を通して出会ってきた、人と出来事の全てが繋がって、それぞれの本当の意味を見せてくれている。
育てていただいた音楽業界にも、あらためて感謝の想いが沸いてきた。
やっと一人で立って歩けるように育てていただいた。
いよいよここからは、人生の仕事を始めなさい、魂の歌を創り、歌っていきなさい、そう言って送り出してもらったような気がする。
機会が与えられるなら、一隅を照らす仕事を果たしたい。
そう心に思い描き、次に向かって挑戦し続けよう。
今、新しい視界が広がっていく。
これまで見たことのない世界が、目の前に広がっていく。 
それはずっとそこにあったけど、僕には見えなかった世界だろう。
ここからが本当の人生、本番、ヨーイ、スタート!

追伸、
ファンクラブの皆さん、ずっと応援していただいて、本当にありがとうございます!
これからもよろしくお願いいたします!

羽岡仁

2016-02-04
 
若い頃、他人にどう思われようと知ったこっちゃない、と思っていた。
それが仕事をするようになって、他人の目が気になるようになっていった。
そして、高橋佳子著『祈りのみち』という本の、恥を気にするとき(他人のまなざしを気にするとき)を開いたとき、そこに書かれてあった、

…安全になることは生命体にとっての至上命令でした。ですから、母親に受け入れられることを始まりとして、常に「他人に認められたい」「受け入れてほしい」と思ってきたのです。逆に、「拒絶されたら、仲間外れにされたらどうしよう」という恐怖も嫌というほど味わってきたでしょう。

…という一文を読んだ時、ハッ!として「まんまじゃないか!」と息を飲んだ。
その想いに対応する祈りを進める中で、心がみるみるうちに軽くなっていった。
その経験があった後も、何かもやもやしてる自分に気がつくとまた、あのディレクターは俺のこと、どう思ってるんだろう…って思っていたりして、あわてて『祈りのみち』を開いてスッキリ納得する。
そんなふうにして心を見るということを覚えてきた。
今にして分かってきたことは、若い頃の傍若無人は、現実を見ず、ただ甘えてただけ、仕事を始めてからは他人の目で右往左往する毎日ということだった。
やっと最近、長年自覚出来なかった、楽して得したいと思っている自分がいて、その奥から、損しても果たしたいことがある自分が出てき始めていることに気がついた。
恥も外聞もなく、もう動き出している自分がいる。
他人の想いは変えられないけど、自分の想いは変えられる。
自分を変える力を、人は誰でも持っている。
その気になれば、
本当に、未来は変えられる。
そう思う。

羽岡仁

2016-01-23
 
充実した1日の終わりに思う事は…、
今日もまた、歌を作るのも、歌うのも、教えるのも、昨日と違う新鮮な1日だった…、
ということ。
そんな日は発見に満ちている。
昨日あるサークルのレッスンの合間に、なんとなくピアノを弾いていた。
そして、さぁ、またレッスンを始めよう、とした時、メンバーの一人の女性が、不意を突くように
「何の曲ですか?」と言ったので、
「何の曲でもないです。」と応えると、
「スゴーイ、即興ですか?」と聞かれたので、
もともと音楽の発祥は、世界中どんな音楽も即興だったので、即興は自然…、という話をすると、キラキラした目で食い入るように聴いておられた。
この人、こんなにみずみずしい心の人だったんだ!
ケッコウ感動した。
また、音楽は、時として思わぬ共感を引き起こす。
言葉を超えて、お互いの生まれ育ちも超えて響き合うことがある。
もう今から数年前に、突然ロシアからメールが来た。(原文は英語)
「親愛なるハネオカさんへ
ロシア人ファンのAです。…」
今もまだ続いているA君からのメールの一部
「…ハネオカさん、僕は羽岡さんがJ・ブレルの『Quand On A Que L'Amour』(『愛しかない時』)を歌うのを観て非常に感銘を受けました。
そして、まるで羽岡さんによって新しくリリースされたように思えてしまう、このYouTube上で公開されたスモールコンサートを僕は今聴いています。
新しく触れる羽岡さんの作品を聴くたびに、僕は何度も興奮しています。
…羽岡さんの歌は、僕があらゆる人生の苦難を乗り越える時、力を貸してくれます。
まだ、歌詞に込められたメッセージを受け取るには、言葉の壁ゆえに困難がありますが、それにもかかわらず、僕は羽岡さんにお願いしたいのです。
…新しいアルバム…お願いします!…」
僕の方こそ、メールにこもった励ましの言葉に、力をもらっています。
A君、本当にありがとう!
また新しい挑戦に向かってガンバリます!

羽岡仁

2016-01-12
 
ビートルズの「Let it be」をレッスンして欲しいと言ってきた生徒が二人いて、レッスンを始めた。
そのうちの一人の生徒が、「難しいです。自分はビートルズさんや先生みたいに優しい、いい人じゃないから…。」と言ったので、思わず吹き出しそうになった。
「ビートルズさんはともかくとして、僕はそんなにいい人じゃないよ。」と言ったら、
「自分はひどい人間だから…。」と彼が言ったので、
「僕なんかひどいもんだよ。」と言ったら、
「先生はいい人です。」と決めつけられてしまった。
人間って不思議なもので、日頃いい人に思われたくて、どうでもいいことに振り回されまくったりして、後でそんな自分が恥ずかしく、嫌になったりしていながら、面と向かって他人からいい人だと言われたら、どうにも身の置場がないような、そこに居られないような変な気分になってしまう。
もうその辺りの心境からは抜け出られたかな!?と思っていたら、とんでもない。
まだまだ修行がたりませんでした。
マンツーマンのレッスンで気を許していたら、不意討ちを食らって少し目が覚めた感じがした。

羽岡仁 
2016-01-01
 
明けましておめでとうございます。
2016年がスタートしました。
今年は昨年にもまして激しい変化が予想されているようです。
しかし同時に、自分一人の人生にとどまらず、隣人、社会の痛みを受け止め、可能性を見いだし、問題を解決し、よろこびを生み出そうとする人も、いろんな分野で次第に姿を現してきているようです。
昨年ノーベル医学生理学賞を受賞された大村教授も、ごく当然のように「世のため、人のため」に生きておられる。
その言動にも、良いことをしようとか、ましてや良い評価やポジションを得ようというものは微塵もなく、そう生きたいという、自然に内側からにじみ出てくる、気負いのないエネルギーを感じさせられてしまう。
その大村教授は「おもいやり」を大切にすることを信条としておられるという。
この「おもいやり」の裏には「感謝」があるという。
そのもっと深くに、まっすぐに未来を見つめ、この現実を変えていこうとする強い意志を感じる。
自分も、少しでもそのように生きたいと願って、挑戦したいと思っています。
本年もよろしくお願いします。

羽岡仁
2015-12-29
 
2015年もお付きあいいただいてありがとうございました。
去年のアルバム「FOR YOU」に続いて、今年はミニアルバム「時は魔法ね」、お買い上げいただき、またたくさんの温かい応援をいただき、本当にありがとうございました。
とっても、とっても感謝しています。
楽しい休日をお過ごしください!
2016年もよろしくお願いします!
よいお年を!

羽岡仁
2015-12-21
 
人間、社会の一員として生きていくということは、たとえ今回ノーベル賞に輝いた、北里大学の大村先生のように「世のため、人のため」一筋に生きてる人でも、時には誰かの人生を横切らざるを得なかったり、孤立無援の時だってあるかもしれない。
むしろ、世のため人のために生きようとすれば、たちまち目の前に壁が立ちはだかり、真剣になればなるほど、無理難題が押し寄せてくるもののように感じる。
自分以外の人生のテリトリーに入っていったり、誰も踏み込んだことのないところへ踏み込んで行くのだから当然のことかもしれないけど、そこで立ち止まってしまうこともしばしば…。
そのような中で、今年僕がいただいたものは、たとえ自分の力量をはるかに超えた仕事であっても、逃げずに棄てずに諦めずに立ち向かえば、必ず創ることができるという実感だ。
もっと言えば、この宇宙には、あらゆる創造を後押しする無限のエネルギーが充満していて、どんなにささやかであれ、人が身を尽くし、心を尽くして、より良き未来を創る仕事をしようとしたとき、誰もが創造の一端を担えるよう、助けてくれる力がはたらく仕組みがある、という実感だ。
自分が創るのではなく、自分は世界にはたらく創造のエネルギーの受け皿になる。
世界には必ずあるべき未来の青写真があり、自分にできることは、知識と技術の限りを尽くして、その青写真を具体的な形にすること。
世界に托身して、その知識と技術を磨く努力しかない。
今は世界の仕組みに対して、本当に言葉では言い表せない感謝、そして自分はどこまでも生かされている存在であることに対しての、限りない感謝しかない。
2016年はこの感謝をベースに生きる年にしたい。
これまでの、暗転を繰り返し、創造を阻む弱い自分と戦い、克つ。
そして是非とも、新しい創造に向かう、新しい自分となって生きる年にしたい。

羽岡仁
2015-12-18
 
僕は単に先に生まれた程度の先生をやっているが、12月に入って師走ということなのか、そんな僕でさえ、やたらと忙しく走り回ってる。
歳とともに年々忙しくなっていってるけど、どうなっているんだろうと、ふと足が止まる時がある。
以前だと、直接的な仕事が終わればそれで終わっていたことが、その先までフォローしなければいけないことばかりになってきたと気づいた。
それにつれて、心も忙しく動かされそうになる。
こんな時こそどーんと構えて、一番大切にしなければいけないものを見据えることだ。
そう思うと身体は忙しくても、心は不思議に落ち着いてくる。

羽岡仁
2015-12-07
 
現実が変わってしまうことがある。
この人やあの人の中から全く違う人格が出てくる。
人間ってなんて素晴らしいんだ!って思える。
それは日常生活における大事件だが、実はマクロで見ても、世界の一点の変化はそこにとどまらず、必ずそこから連鎖していくという意味で、大事件だと思う。
天地のひらけはじめ、宇宙のはじまり、「開闢」。
長い沈黙の中で蓄えた究極の内圧が、とき満ちて極大の爆発を起こし、宇宙が生まれる。
Big Bang
人も同じように、悠久の時を経て、光、闇の相克の中で、やがて広大な宇宙を貫く、一切を包含し、一切に生命の息吹きを与える光に同化するときを迎えて爆発を起こし、全く新しい閾に立つ人として生まれる。
それは「開闢のとき」。
僕はそのときを迎え、全く新しい人格が生まれようとしているときに立ち会っている。
それも一人、二人ではない。
そして、それはすでに連鎖し始めている。
今、ここから見える世界の風景は、断末魔を迎え荒れ狂い渦巻く闇と、荘厳に開けゆく彼方から射し込む眩い光。
新しい人格は必ず未来を変えられる。
今僕は、その開闢のときのただ中にいる。

羽岡仁
2015-11-30
 
木を育てるとしたら、
一本の木でたくさんの同じ味の果実を収穫しようとするのではなく、味はまちまちでも、健康な果実が実ることを思い続けて育てたい。
曲作りなら、
非の打ち所のない完成品より、自分の後に続くことを信じて、限りを尽くした途上品を作りたい。
これからの時代の人には、
一人一人の違いを重んじるとともに、誰の中にも等しく輝く、その人の可能性を開くエネルギーを見つめていたい。
高価な価値のあるものより、値がつかなくても、目に見えない大切なものを大事にしたい。
もうこれ以上、自分のための未来はいらない。
これからは、未来のための自分を生きたい。
「未来のための自分を生きる」ために必要なものを求めよう。
今のこの気持ちこそ「希望」に違いない。

羽岡仁
2015-11-19
 
昔ある方に「批判するのではなくて理解して上げてください。」と言われた。
それ以来何十年もの間、この言葉と向き合っている。
今現在の状態はというと、理解しようとする想いが批判する想いに、67%ぐらいの勝率でリードし始めたというところか!?
だからといって簡単じゃない。
とても一筋縄ではいかない。
まさに変わる勇気と続ける根気の勝負だ。
以前は、問題があれば全部相手のせい、他人のせい、世の中のせいにして、批判して終わっていた。
(本当は何も終わっていなかった)
理解しようとし始めたら、問題はあらかた自分が原因になって起きていて、その問題と自分事として正面から向き合って解決するしか方法はないことが徐々に見えてきた。
また仮に相手や他人や世の中に原因がある場合でも、その気になれば解決に向かって自分にできることがあることに、次第に気がついてきた。
随分厄介なことを始めてしまったと思っていたが、最近ある事件があった。
新しく教えることになった生徒で、いわゆる「暗い」子、の初めてのレッスンで、以前だったらこのタイプの人と出会った途端に、胸の辺りにグヮッと出てきた壁のような抵抗感が、不思議なことに出てこなかった。
どういう訳か、気がついたら、お互い普通に笑いながら話しをしていた。
ふと我に返り、思わず「えー、マジか!?俺がか!?」と思って、また笑ってしまった。
僕の中では臨時ニュースが流れ、号外が撒かれるほどの大事件だった!

羽岡仁
2015-11-11
 
僕は、人間はみんな本当は天才だと思っている。
病気の人を助ける人は天才だ。
毎日曇り空のような心の人が、感動の涙を流すような音楽を奏でる人は天才だ。
生きることに疲れて、後ろ向きになっている人を、受け止め、支えることで元気になって、前向きになれるよう励ませる人は天才だ。
赤子の微笑みには理屈抜きに心癒される。
赤子は無条件に天才だ。
人が無心になって心を尽くす時、そのはたらきに触れた誰かの心に波紋が生まれ、元気になったり、穏やかになったり、勇気と希望と歓びが湧いてくるとしたら、それは天才の業(わざ)だと思っている。
常に、どこかで、密やかに天の才が為されている。
きっと神様は今、秋を彩る紅葉や色とりどりの花ばなの中に宿られ、澄みきった美を生み出されている。
無心になってまごころを尽くす人の中に宿られ、慈しみを奏でられ、礎となって支えられているに違いない。
自然は天才だ!
自らの愚かさに気づき、恩恵に目覚め、無心に生き始めた人は天才だ!
人々が不安にかられ、諦め、怒り、声高に開き直る今、一方で同時にひたひたと、密やかに、倦まず弛まず天才の業が広がっている。
そんな隠れ天才の皆さん!
いよいよあなたの出番ですよ!

羽岡仁
2015-11-02
 
ここ数年世の中の変化が激しい。
日本を取り巻く周辺も、緊張の波が高まってきているようだ。
その流れに呑まれて孤独になるか、他人事のように眺めて漂流するか…。
どちらにしても、世界には圧倒的な負の力が渦巻いている。
しかし、人間一人一人がそのテリトリーの現実を自分の責任と受け止めて、前を向いて可能性を開いていけば…。
それは簡単なことではないと思う。
多くの困難と失敗にも見舞われるだろう。
それでも、その都度智慧を尽くし、心を尽くして向かって生き続ける時、そこには新しい現実が開かれていくに違いない。
そして未来は変わっていくに違いない。
その生き方にジャンプするときを迎えているようだ。
1954年~62年にかけて起きたアルジェリア戦争を題材に、ジャックブレルが世に送った名曲『愛しかない時』を今歌うとしたら…。
そんな想いから自分なりに歌ってみた。
YouTubeでお目にかかりましょう!
 
羽岡仁
 

2015-10-27 
 
When I find myself in times of trouble mother Mary comes to me. 
Speaking words of wisdom Let it be.
聖母マリアの智慧ある言葉は「Let it be.(神の御心のままにあれ)」だった…。
今日の空は青く広い。
気がつけば嬉しくなっている。
風は清々しくて心地よい。
人生のマラソンをスタートしてから走り続けて、追い越したこともあれば、追い越されたこともあった。
…と思ってた。
半ばを過ぎた頃から、人生マラソンのコースは一人一人違った道を走っていることに気づいた。
それなのになんで競争していたんだろう。
勝ちも負けもある訳ないじゃないか。
今でもまだ、時々他人の道は走り易そうに見えたりする。
自分の道と比べて、風景も良さそうに見えることもある。
応援してくれる人の数も明らかに多い。
なんでだ!
…と思って長い間生きてたんだなぁ。
バカみたい、じゃなくてバカだよね。
まるで逆さメガネをかけて走ってたようなものだ。
人生マラソンに順位はない。
走ることが大切なんだ。
つまずいて転んでも、立ち上がってまた走り出すことなんだ。
…大切なのは。
今日からは気持ちよく走ろう。
この青空のように、清々しく走ろう。
Let it be.
神の御心のままに…。
応援してくれる皆さん、ありがとうございます!

羽岡仁 

2015-10-19
 
9月から10月頭まで、久しぶりに思い切りエネルギーを使った。
その仕事が終わった後、自分の感覚が明らかに変わった。
今までと同じような出来事に出会っても、いつもの反射的な感情が出ると、すぐに、別の想いが出てくる。
「違う、弱いぞ、自分に負けるな!」という想いがグッと出てくる。
その度毎に、自分は今何のために何をしようとしてるのか…、に引き戻される。
この時の緊張感は心地よい。
自分の人生を邪魔してきた自分の正体が、おぼろげながら見えてきたようだ。
しかしまだこの状態に慣れてない。
緊張感を忘れたら、まだ以前の『常識』の感覚に支配されそうだ。
この緊張感を新しい『常識』にしたい。
反射的反応で生きてきた人生の主導権を取り戻したい。
だから前を向いて時間の風を真正面で受け止めよう。
新しい気持ちに慣れるまで、しばらくは、すぐ後ろ向きになりそうな自分に、「違う、弱いぞ、自分に負けるな!」と言い続けよう。

羽岡仁

2015-10-02
 
人生には大きな転換が起こるときがある。
後ろめたさを引きずりながら、自分のためにやってきたことがそうじゃなかったと気づくとき…。
昔、あるパーティーで本田宗一郎さんとお話しさせてもらったことがある。
とても気さくに話してくださって、そのパーティーでお披露目された僕の作曲した曲を「気に入った!」とおっしゃって、冗談を交えて励ましてくださった。
本田さんの残した、『理想のために生きる』という言葉がある。
その理想とは、『世のため人のため』としている。
そして、常に今は理想に向かう道の途中。
だから、いつも理想と今を繋いでいないと次へは行けない。
今この言葉の深さと重さを感じている。
後ろめたい気持ちで、仕方なく自分のためにやってきたことは、世のため人のために生きる準備だったようだ。
どうやら、それを転換するときを迎えているようだ。
自分に与えられた条件の中で、与えられた生命を炎と燃やして、世のため人のために生きられたら、それは最高の人生だろう。
恥も外聞も捨てて、そう生きたいと思う。

羽岡仁

2015-09-14
 
人生を振り返ってみると、そこには断念と思い残しの山。
しかしよく見ると、断念した一つ一つの決心や仕事は、自分さえその気になれば、続けられたことばかりで、まだ終わってないのに、そこで止めたことで、解決しないで置き去りにしてきただけだとある時気がついた。
結局苦手をそのままに放置したということだった。
その時我に返れていたら、まだ続いているか、それ自体は成就し、次のステージに歩を進めていたのだろう。
この後悔を生き直そう。
そんなふうに、我に返ったら、いつも今が人生の本番真っ最中!
自分の目の前には常にそれを引き受けていくことで開ける道があり、その道は途切れたり、閉ざされたりはしない。
途切れさせ、閉ざすのは自分しかいない。
だからまた自分に言おう。
もう一度立ち上がろう、もう一度歩き始めよう。

羽岡仁

2015-09-01
 
コンサートを終え、帰宅一番、シャワーで汗を洗い流し、湯船に浸かり、目を閉じて深いため息をつく。
一瞬の至福を味わう。
次の瞬間、現実に引き戻される。
その日のステージの細かいディテールがフラッシュバックしてくる。
『レベル低い』…。
風呂を出たら点検し、次の課題になるだろうポイントと、今日のステージを終えたからこそ浮かんできた、次のステップを見よう。
目標への距離が近づいた分、不足が山のように見えてきて圧倒される。
だからと言って不安な訳じゃない。
むしろワクワクしている。
身体は疲れてるけど、心は心地良い緊張感で満たされている。
遥かな先の目的に向かうなら、全力を出しきらなければ、具体的な目標が見えて来ない。
まだまだ全力を出しきったとは言えない。
情けない。
心の中から「甘えるな、他人のせいにするな、引き受けろ」の声がする。
「そうだ、もう次が始まってる。」と自分で応えてる。
そうだ、今日はもう過去になったんだ。
次とその次が見えてきた。
気を引き締めて、始めよう。
待ったなしで、新しい今日が始まった。
未来を変えるための今日が始まった。

羽岡仁

2015-08-18
 
8月14日、陸前高田のカフェ、『ぷねうま』で10ヶ月ぶりのライブ。
最初から打ち解けた感じで始まった2時間は、あっという間に最後の曲を迎えた。
その中で『レクイエム友情』を歌い出した時、皆さんの悲しみがぐっと押し寄せてきて、胸が一杯になった。
この悲しみは消えるものではない。
その悲しみは、一緒にいることがあまりにも自然だった年月の中の、何気ないやり取り、しぐさや表情、声や口ぐせ、そんな普通の暮らしが、突然、根こそぎ流された日のこと、。
その日から、全く異なる生活になってしまったことを湛えている。
だからその悲しみは、たとえ癒される出来事があったとしても、消えてしまうようなものではないだろう。
むしろ、その悲しみあればこそ出会える、人の優しさや切なさに共感が深まり、人生をふくよかにしていくものなのだろう。
その一方で、与えられた時間の大切さを気づかせ、自分の中の揺るぎない願いを想い起こさせるものなのだろう。
そう生き始めた心は、悲しみあるが故に育まれ、希望に導かれる。
その心が開くまなざしは、過去ではなく、未来を見つめている。
そしてその生き方は未来を漫然と迎えようとはしていない。
より善き『今』を創ろうと励んでいる。
きっと、その先には永遠が広がっているに違いない。

羽岡仁

2015-08-06
 
9才で父が亡くなった後、母はそれ以前よりもまして、人を敵か味方でしか見られなくなっていったようだった。
厳しい人生だっただろう。
この30年、自分の中に流れ込んできていた母の想いを見つめてきた。
その母も3年前に亡くなった。
この、敵か味方かで人を見る想いの出所をよく見ていくと、その正体は「愛されたい」という想いだった。
自分を自分としている拠り所が自己愛.....。
愕然とした。
その後の人生は、ある意味で自己愛との闘いとなっていった。
しかし、この自己愛の根は深い。
そうやすやすと降参してくれはしない。
やがて自分と向き合う日々の中で、この闘いは、闘いではなく、本当の自分になっていく旅路だと納得していった。
その旅は同時に相容れない人や仕事を理解してゆく旅でもあった。
結局それはこれからも続く、自律した大人になっていく旅なのだろう。
不思議なことに、一つ幼稚な自分を発見すると、それまで見えなかった人の悲しみや苦しみが見えてきて、「大切」という想いが湧いてくる。
次にそれは、その人や仕事に対して、自分がどう関わるかということになっていく。
人や仕事の中にある可能性を守り、支え、寄り添っていく。
まるで自分が別人になっていくようで、ちょっと気恥ずかしいけど。
創作やライブ活動を通して、また、若い人たちに音楽を教えてくる中で、引き出されてきた気持ちが、自分が変わっていくことを後押ししてくれてもいる。
この先を想像しても、もう後戻りはしたくない。

羽岡仁

2015-07-28
 
どんなに世の中が騒がしくなっても、心の奥深いところに、静かで穏やかな場所を感じている。
大胆で緻密、豪快で繊細、自由でいながら自らを律している。
そこでは対極にあるものが矛盾なく両立している。
立場も都合もなく、特別も普通もない。
あるのは空のように垣根のない広さと、エネルギーに満ちている感覚。
創作の間に訪れるこの感覚で、ずっと生きていたいと思うのだけれど、ニュースを見たり、電話したりしてるうちに、いつの間にか喧騒が忍び込んできて、そのうちあっちこっちに振り回され、騒然とした世界と同化してしまいそうになる。
あわてて戻ろうと喘ぎながらどうにもできないでいると、最後はやっぱり仕事が正気に引き戻してくれる。
本当に仕事はありがたい。
儲からなくても、評価されることがなくても、自分の中にある静寂を甦らせてくれる仕事は、神様のプレゼント。
仕事を与えてもらえるなら、それだけで、なんて幸せな人生だろう。
心から感謝します。
ありがとうございます。

羽岡仁

2015-07-15
 
人生が貴重になってきた。
時の過ぎゆくままに身をまかせないで生きよう。
よく居眠りするけど、いつも目を覚ましていよう。
今しか作れないものを作ろう。
一生懸命練習しよう。
自分に与えられたものを惜しみなく使ってもらおう。
求められるなら、自分が得てきたものをすべて与えよう。 
そのために自分を
鍛えよう。
自分を育てよう。
ずっと現在進行形で生きよう。
いつも最高の歌を唄おう。
最高の人生を生きよう。

羽岡仁

2015-07-03
 
ミニアルバム『時は魔法ね』sessions発売。
ここへきて、シャンソンの風が吹いているようだ。
プロデューサーの川原伸司と話してたら、「イギリスのヒットチャート見てたら『パリの空の下』ってあってさぁ、アーティストがZAZっていう女性でね.....」と言ってプロモーションビデオを見せてくれた。
フランス、イギリスでブレイクしアメリカにも飛び火していて、まもなく日本も、という感じになっている。
ピアフの『パリの…』が第二次世界大戦後、フランスのアイデンティティーを取り戻したパリなら、ZAZの歌はおみやげ用のコジャレたパリの趣が漂う。
一方、今回和製シャンソンと紹介されている『時は魔法ね』は、レコード会社からシャンソン歌手のしますえよしおの曲をという依頼を受けて書いた曲だった。
親はなくても子は育つ、ということか。
手を離れて忘れた頃に、ラジオ番組へのリクエストで「中高年の女性の間でブームです。」というコメントと一緒に帰ってきた。
こちらはアイデンティティーやコジャレた感じはないけれど、シャンソンの形容詞となっている『人生の香り』がブームの理由かもしれない。
大人の歌と言っても、世代によって随分違いがある。
このアルバムは70年代、80年代に思春期から青春期を過ごした人たちが想う『大人の歌』なのだろう。
大人の皆さん!
どうぞ、よろしく お願い申し上げます。

羽岡仁

2015-06-24
 
自然界では、小さな雑草から大木に至るまで、微生物から大型哺乳類に至るまで、刻一刻生成流転を続けている。
生命を産み、育て、生かし、永遠の繁栄へと運んでいく。
一瞬として休むことなく、見えない巨大なエネルギーが働いている。
そのエネルギーが自分の身体を通って、詞が書けたり、曲が作れたり、歌が唄えたりしている。
仕事をしているとき、自分を超えたその力を感じている。
その力は誰一人例外なく注がれていて、その人の個性を通って具体的な形になっていくのだろう。
だから四六時中そのエネルギーを感じていたい。
そうなれたらどんなに幸せだろう。
ずっと作り続けていればいいんだ。
いつも創造のエネルギーが心と身体を通っていればいいんだけど、その気配にたどり着くまでに七転八倒の時間を通らなければならない。
簡単にはそこまで行けない。
何曲も何曲も書き潰さなければならない。
時に絶望的になりながら、また自分を奮い立たせて頑張る。 
投げないで、あきらめないで。
今日も、明日も.....。

羽岡仁

2015-06-18

いつも一緒のパートナー。
僕の相棒のべっぴんMartin!
容姿に似合わないガッツのある音です。

羽岡仁

2015-06-13
 
僕の歌で人を癒すことなどできない。
でも聴いた人が心を癒すきっかけになるかもしれない。
僕の歌で人を励ますことなどできない。
でもその人が立ち上がる気分になる雰囲気を作ることはできるかもしれない。
だから唄う。
どうしたら、そんな歌が唄えるようになるんだろうと、七転八倒しながら唄い続けている。
僕の歌で人と人をつなぐことなどできない。
でも、つなごうと思って唄うとき、心に人を想う気持ちが沸き上がってくる。
だから、歌を聴いて人を想う気持ちが出てきてくれるなら嬉しい。
だから、そのために、もっと強く大きな心の人間になりたい。
だから作り続けたい。
だから唄い続けたい。

羽岡仁

2015-06-04
 
人一人が生きるために、どれ程他人の労力がかかっているのだろう。
食べ物で考えて米一つとっても、植えて育てて刈り取るだけでも何ヵ月もかけての重労働。
それを経た後にも精米をして、流通の手をかけ、小売りの手間を通して手元に来る。
その間の運搬等も含めたら、どれだけの人のお世話になったのだろう。
そう考えれば、一汁一菜と卵か肉か魚を足して、一食にかけられた人手だけでも何百という数になるだろう。
一人が三食食べて生きているということは、それだけでもどんなに有り難いことなのかと思う。
衣食住と広げてみれば、残りの衣と住が加わり、さらに多くの人の労力と時間をいただいている。
そして、暮らしを支えるさまざまなインフラに携わる人々を想えば.....、
この世界の『ほんとの姿』が見えてくる。
今生きているということは、とてつもない数の人々に支えられているということ。
そして食べ物以外でも、何かを形にして人間に役立つ物にすることは、自然の恩恵に浴しているということ。
あぁ、何という緻密で巨大なシステムなのか。
この計り知れないエネルギーを、愛と呼ばずして何と表現できるだろう。
そこには確かに、生命を生かして終わることなき、偉大な意志がある。
この世界の『ほんとの姿』を見たとき、圧倒され、言葉を失う。
新しい歌が生まれそうな予感がする。

羽岡仁

2015-05-27
 
小学校の遠足で遊園地に行き、初めてマジックハウスに入った時、船酔いのように気持ち悪くなった。
この世に、自分という家の中に生命を宿し、以来ずっと無自覚なままその家に閉じ込められて生きて、何十年という歳月が過ぎた。
その人生の道筋の途中から、自分という家に違和感を感じ始めて、心のどこかで、ずっと本当の自分の感覚を探していた。
そしてある日、いたたまれなくなって、ついに家を飛び出した。
あぁ、なんて清々しいんだろう。
生まれてこのかた、自分というマジックハウスの中で生きてきた。
それがあまりにも普通になっていて気づけなかったけど、今までずっと船酔いのように、気持ち悪い状態で生きてきたんだ。
平行感覚は眠ってはいたけど、なくなってはいなかった。
この、自分というマジックハウスを出て、鎧兜を脱ぎ捨てた裸の自分こそ、本当の自分だ!
そう感じた瞬間があって、瞬間が5分になり、1時間になり、少しずつ増えていく。
ずっと切れ目なくこの感覚で生きていきたい。
まだ時々引き戻されることもあるけど、出ていくことは心に定まった。
風圧をまともに受けても、後向きにならないで行こう!
この人生の最後の瞬間も、そこを越えても、ずっと現在進行形で生きよう!
古い自分から自由になって、おもいっきり挑戦しよう!
おもいっきり生きよう!

羽岡仁

2015-05-24
 
人間の身体的成長のピークは20才ぐらいらしい。
確かに強い筋力と瞬発力を必要とする水泳や、短距離走等の選手生命は、大体20代で終えている。
同じスポーツでも体力とともに、経験的な判断力をより必要とする野球や、相撲等の競技は、かなり長い期間現役として活躍する人がいる。
イチローも40才を越えた。
ミュージシャンはどうだろう。
この間来日したポール マッカートニーは72才でワールドツアーをやっている。
シャルル アズナブールは90才で現役だ。
勿論お二人とも一時代を築いた、伝説的なスーパースターではあるが、ひと昔前までは考えられなかった快挙だ。
しかし、そういう特別な人ではなくても、服装なども、最近年齢差がどんどんなくなっていってるし、それをおかしいとも感じなくなってきた。
何十代はこう生きるべきとするマニュアルに従って生きた時代から、個々それぞれの人生スケジュールに沿って生きる時代になってきたようだ。
それはまた、自分と世界との関わりを洞察し、どのようにクリエイティブな責任を果たしていくかが求められる時代でもあるだろう。
孤独と破壊を乗り越えて、創造のエネルギーを響き合わせる時代。
いよいよ未体験ゾーンに突入したようだ。
日々刻々が未来からの選択要請。
一瞬一瞬が挑戦のチャンス!
新しい衣をまとい、颯爽と出かけよう!

羽岡仁

 2015-05-22
 
T君が作品をYouTubeにアップしたので見てくださいと言ってきた。
(現在こちらの作品はご覧いただけなくなっています。)

サウンド等、発展途上だが、彼がこれまで授業の中で作ってきた作品から一歩抜け出していた。
リアリティーがあってシンプルで分かりやすい。
友人に唄ってもらったそうだが、それがまた親しみを感じさせるものに仕上がっている。

さて、今日は少し難しいけれど創作の勉強について触れようと思う。

作曲の授業ではテーマにアクセスすることを一番大切にしている。
勿論メロディーと和音、和音進行、ヴォイシング、リズム、楽器法、スコアリング…等の知識、技術が大切なのは言うまでもない。

要はその知識、技術を使って、いかにテーマを表現し、リスナーに感じ取ってもらえるかということ。

これは頭で考えるほど簡単なことではない。

作っているうちに、いつの間にかカッコよさや技術レベルに引っ張られ、他人にどう思われるか、どう評価されるかを最重要事項にしてしまい、その分曲のエネルギーを落としてしまう。

創作を勉強するプロセスにはいくつかのハードルがあって、その一番高いハードルがテーマにアクセスすることだ。
だからどの生徒にも、まだ何もできない段階から取り組んでもらっている。

何故なら、それは作る構えであり基本姿勢なので、頭で分かってもすぐ実行できることではないからだ。

T君もそれと格闘しながら勉強してきた生徒の一人だった。

彼は詞も書くので、早い時期から詞曲を重視して見てきた。

一歩歩み出したね。

ここからが大変だけど、是非とも頑張って、いい作品をたくさん作ってください。

そしてこれまでの生徒たちみんなも、思いっきり羽ばたいてください。

心から期待しています。

羽岡仁

2015-05-16
 
人間、一生に一度は死ぬほど忙しい時がくると、昔ある先輩から聞いたことがあった。
その話を聞いてからこれまで、今がその時だと思ったことが二度あった。
一度目はフリーになって、初めてテレビ番組の音楽を任されて、1クール3ヶ月分を録音した時。
この時は、レコード発売が決まった主題歌の作詞、作編曲、歌も担当したため、幾日か徹夜してスタジオに入った記憶がある。 
この番組の音楽、主題歌担当の仕事は、年ごとに手早くこなせるようになり、やがて次のステップへ押し上げてもらうことにもなった。
二度目は講師をしている音楽学校で、担当が4教科になり、また東京校に加えて京都校にも行くことになった時。
学校は週1日の休みで、一方では作詞、作曲、それにこの頃はPCに打ち込んで音源を作るようになってきていたので、少しでも時間が空いた時は、ところ構わず爆睡していた。
その頃、受持ちでなかった生徒の僕の印象は、講師席で瞬間爆睡する人.....。だったと思う。
そして今回三度目の忙しさになった。
ただ、今回は自分が挑戦した分要請が広がって、その結果やることが増えて忙しくなったもので、一つひとつの仕事の最終責任は、良くも悪くも全部自分にかかってくる。
いや、本当は今までもずっと責任があったのに、部分的にしか気づいてなかっただけだった、と言った方が正しい。
責任のない仕事など何一つない。
だからこそ比べられない。
だからこそすべてがかけがえがない。
要はどこまで責任のテリトリーを自覚できるかにかかっている。
だから、人は誰一人例外なく、未来の決定権を託されている。
きっと、世界は目覚めを待っているに違いない。

羽岡仁

2015-05-06
 
無性にいのちを感じるときがある。
24年一緒に暮らした亀の竜次が逝ってからもう3年になる。
当たり前だが、24年間一度も言葉を交わしたことはなかった。
でも思い出す時の顔はいつも何か言ってる。
「食べたい!ちょうだい、ちょうだい!」
「うれしい!もっと、もっと!」
「もういらない」
「遊ぶ、遊ぶ!」
「だるい、つきあってられない」.....
最後の日は何も言わないでこちらの目をじっと見つめてた。
今もまだ、ずっと竜次の「いのち」を感じている。
駅に続く道を歩いてる時「いのち」を感じる。
畑の中のネギや大根.....。
明らかに生きている。
「いのち」の気配に充ちている。
植物も動物も、真剣に一生懸命生きて、「いのち」を奏でている。
人間が真剣に一生懸命、自らの限界を打ち破って生きるとき、世界は変わっていく。
現代を覆う複雑な問題をきっと解決できる。
そう信じてる。
まずは自分の限界を打ち破って生きてみよう。
今日からまた新たに挑戦しよう。

羽岡仁

2015-04-27
 
神戸のライブを終えた。
当たり前すぎるけど、歌はリスナーがいてくれてこそ唄える。
本当にありがたい。
見えない唄の波動は、発信した瞬間、それを受け止めたリスナーの心から、想いとなってダイレクトに返ってくる。  
こちらに迷いがあればリスナーの戸惑いとなり、こちらに感動があれば感動となって返ってくる。
集中したエネルギーが行き交ううちに、心の深いところで共振、共鳴が起こる。
なんとも言葉で表現できない感動が沸き起こる。
だからまたあらためて思う。
癒し、感動、歓び.....は、誰かが起こすものではなく、一緒に居合わせた人の間に起こるんだってこと。
ありがとう皆さん。
ありがとう神戸。
また来ます。

羽岡仁

2015-04-20
 
未来は刻一刻と今となり、次の瞬間に過去へと過ぎ去って行く。
今生きて生み出された結果が、形となって積み上げられていく。
音楽や歌を作るとき、テーマが決まったら、いつも混沌とした未来から、来るべき今に託された楽曲の青写真を、見よう、聴こうと心の目を凝らして見つめ、耳を澄まして聴く。
そして最初はぼんやりとしたイメージを形にしてみる。
するとそこには、何とか形になってるけど、いかにも弱々しい曲が、人形のように座っている。
気を取り直してまたアクセスする.....。
それを何度か繰り返すうちに、ぎこちないけど、やっとギリギリ立てそうな曲になる。
この時点ではまだ感情も表情も作り物でしかない。
.....とその次あたりから、曲は呼吸を始める。
ここからが仕事だ。
作ることの限界を越えたところで、バッと格段にグレードが変わる。
そこからはただひたすら出迎えるモードに入る。
生命を吹き込まれた曲は、詞は、みるみる姿を現し、楽曲自らが、イキイキとテーマの世界を展開していく。
だから上手くいっている楽曲は、僕が作ったというより、関わったという感覚の方が合ってる。
人生にありがとう。
世界にありがとう。
本当にありがとう。

羽岡仁

2015-04-14
 
ロシアのA君からメールがきた。
誕生日祝いのメールに返事をしたら、黒ヤギさんと白ヤギさんみたいに返事をくれた。
A君とは5年ほど前、HPに英語で長文のメールを送ってきたことから、当時まだ二十代だった彼と、ネット上の付き合いが始まった。
アニメファンだったA君はアメリカのアニメをネットで見ていたそうだが、ある日気に入った作品が日本のモノだと分かり、ルーツにたどり着いた。
それが「機甲創世記モスピーダ‐Love,Live,Alive」だった。
それを唄っていた歌手を探し出し、そこから「羽岡仁」を調べ上げて、本人が忘れていたことまで知っている人となった。
しかし、今国際情勢は目まぐるしく変化しており、ロシアと日本も微妙な関係になっている。
そのため、一言一言神経を使う。
以下メールより、
「.....、あるいは少なくともYouTubeチャンネルで私が観たライブを長く収録した映像がDVDで発売されたらいいのに.....、とそのたびごとに思っていました。でもごめんなさい、いつも僕がそう思ってしまうのは、僕が羽岡さんの作品の大ファンで、これまでのたくさんの作品を知っていて、まだ歌っているところを見たことのない歌がたくさんあるという.....。僕も、いかなる障壁も友情や築かれた絆を壊すことはないと信じています。.....。」

羽岡仁

2015-04-06
 
人生の次なる新しいステージは、それが宝くじが当たって飛び上がるぐらいラッキーなことでも、株価が暴落してあっという間に財産を無くすほどショックなことでも、ある日突然向こうからやって来る。
宝くじが当たって浮かれ騒いで人生を棒にふる人もいれば、1文無しになってはじめて自分のやりたい仕事に目覚める人もいる。
人生は本当に〇かΧかで分けられるものではない。
ある生徒に「自分にはどのアーティストのスタイルが合ってるのか分からない。」と相談を受けた。
自分のモデルはどこにもいない。
自分の中にしか自分のモデルはいない。
いろんなスタイルで唄ってみよう。遠回りみたいだけど、やっぱり一番の近道は汗をかくことだ。べそかいても諦めないことだ。
そしたらある日、次なる新しいステージがやってくる。
それは思い通りのものじゃないかもしれない、でも目を凝らしてよく見れば、きっと明日への可能性が見つかる。

If you build it.
He will come.
(映画「Field of dreamsより」)

羽岡仁

2015-04-02

「我が家の前の散る寸前の桜、花は散り若葉は芽吹く、Je Voyage」

羽岡仁

2015-03-25
 
教えた生徒の一人、岩田君がデュークエイセスの正式メンバーになった。
不器用なほどまっすぐなキャラクターで、コツコツと頑張ってきた、そんな地道な努力を買ってもらえたようだ。
また音楽の仕事についての話を食い入るように聞いて、細かくノートをとっていた柴田君はAKB48を始め、アイドル等の作曲やプロデュースを手がけている。
昨年アルバム「For You」のアレンジをやってくれた小高君、黒川君も多種多様な楽曲の作編曲で頑張っている。
やはり作曲で芽を出した横君は倒れても、つまずいても投げ出さなかった。
いつもまじめに課題をやってきていた前口君は、ジャニーズ系等の作曲アレンジでまじめに頑張ってる。
また、音楽講師として活躍している尾池さん、ボイストレーナーとして活躍している植村君、瀬戸君。
ずっとライブ活動を続けているさいとうゆみこさん、蜂谷さん。
音楽業界以外でもみんな様々な仕事で頑張ってる。
一緒に音楽と出会えた時間はこれからもずっと僕の宝物だ!
みんなから元気をいっぱいもらったよ!
本当にありがとう。

羽岡仁

2015-03-16
 
今日を大切に生きる....。
たった一回使われるためだけに作った詞や曲だけでも何十曲にもなる。
その他BGMを加えると、名前を出さないで流れた曲は百曲を越える。
中には40分近い大作もあった。
イベントや番組のテーマ曲は、それがテレビ、ラジオであれ、ボランティアであれ、その催しの中身が深くて濃いほど、印象的でありながら、視聴者には音楽ではなく、イベントや番組の内容だけを深く心に残すことを要求される。
もっとも最近はテーマ曲をヒットさせることが普通になってきたようだが....。
元来のあり方であれば、作り手にとっては、そこに我意を差し挟む余地がない、無心になって作るという意味で、最高の仕事だろう。
それはあるがままの生命のように、生まれた瞬間に過去へと消えて行く。
だからその一瞬に今の自分の全てをかけて創作する。
勿論、たとえ見てはもらえなくても、1曲1曲に心を込めて題名をつける。
イベントの成功を祈って。
今日を大切に生きよう。

羽岡仁

2015-03-06
 
3月2日きゅりあん小ホールでのシャンソンライブ、今回の挑戦は次への大きなステップとなった。
翌日、講師をしている音楽学校で、生徒たちの現実に一緒に向き合いながら、コンサートの収穫を噛みしめた。
生徒たちとの時間はシャンソンに取り組んだ時間と一つにつながっていた。
どんなに強い憧れも、薄らいでいく。
そして時に思いもよらない困難にぶつかり、うろたえ、つまずく。
それでも時は立ち止まってはくれない。
若い生徒たちの前には、夢と現実が折り合いのつかない状態で見え隠れしている。
それはまるで前日歌った「ラ ボエーム」であり「青春」と重なっていた。
人は素晴らしい言葉に出会っても、なかなかその通り生きられなくて、時にそっぽを向いたりもする。
でもまた気を取り直して頑張る。
その道行きの中で歌が生まれる。
それを生徒たちに伝えたい。
僕もまだまだ歌を作る気でいる。
唄う気でいる。
だから次へ行ける。
今回それがよく分かった。
この感覚が希望だと思う。

羽岡仁

2015-02-22
 
「別れの前に」「坊や」「未完成」....。
あれから40年の時が流れ、今までずっと音楽で生きてきたことが不思議に思える。
昔あるラジオ番組で、「一度スポットライトを浴びる気持ち良さを経験したら止められないでしょう」と聞かれて答に困ったことがある。
その気持ち良さと全く違う感覚があったからだ。
それが何なのか、その時はスッキリしなかったけど、昨日、美野春樹とリハーサルしてる時に、経験の中で拓かれてきた感覚が、あらためてぐっと鮮明になった。