続・相談?

ロシアによるウクライナ侵略は、ついにロシア軍による幼い子供達までをも標的にした、残虐な無差別殺戮にまで発展してきました。
一方で津軽海峡を10隻のロシア軍艦が日本海へと抜けていく事態も生じ、私たちもウクライナを対岸の火事とばかりは見ていられなくなってきたようです。
それはさて置き、前回からの話を続ける事にします。
ある日私は毎日放送東京支社に呼ばれて、ある番組の「相談」を受ける事になりました。
それは「野生の王国」という番組のテーマ曲をレコード会社とのタイアップにしたいのだけれど、メジャーのレコード会社に繋いでくれないかという相談でした。
勿論、作詞、作編曲、歌は羽岡仁でいきたい、というお話でした。
「野生の王国」は金曜日のゴールデンタイムの番組だった上に、制作のMBSでは安定した高視聴率番組で、関東圏の系列局TBSでも同様でしたが、それまでの主題歌はアメリカの制作会社に丸投げしていた事もあり、初めての楽曲制作なのでという事でした。
ちなみに、後年分かったことですが、この「野生の王国」は昭和天皇がお気に入りの番組だったそうです。
さて、話を戻せば、当時テレビ局のドラマ制作と、レコード会社のタイアップによるテーマ曲制作が既に常態化していたのですが、それは俗に言う「売れ線」の人気タレント主演ー人気歌手の相乗効果で、視聴率とレコード売り上げを一緒にアップさせていこうという戦術でした。
なので、タレントは野生動物、歌手はスタジオミュージシャン、では視聴率もレコード売り上げも上がる筈のない無謀な企画なので、レコード会社が乗る話ではありませんでした。
だからこその「相談」だったという訳です。
ただ毎日放送側としては、当時のテレビ番組が、ややもすれば青少年に悪影響を与えると言われ、社会問題視されていた番組が少なからずあった中で、自社の良心の結晶の番組、という自負もあり、音質も内容もクオリティーの高いテーマ曲にしたいという意向から、メジャーのレコード会社で作りたい、という結論になり、作家と歌手何人かを候補に上げた中から選んだ結果、私への「相談」となったわけです。
しかしそれは私にとっては厳しい相談でした。
何故なら、最初から利益を望めないのに制作費をかけてレコードを作って発売までするなど、常識では考えられない話ですし、私自身にとっては業界に、羽岡はポップスをやめて学芸教養の方向に行くと受けとられかねないと思ったからです。
しかしその時私は何故か、「これが人生の分岐点だ、この仕事は未来から発注されている」と思ったのです。
するとその後、話を持っていったポリドールから、意義のある企画なので、今回に限り受けさせてもらいます、ただし写真を含めたジャケット制作や宣材等、宣伝営業は一切ナシの条件で、というお返事をいただきました。
平たく言えば、宣伝部、営業部が動いて売る事はできないけれど、社会還元として作りましょう、という内容でした。
そこであり物で著作権フリーのジャケット写真、タイトル等のレイアウトは日ごろ仕事を頂いていた制作会社のボランティア、まさに業界の奇跡とも言えるレコードが作られ、発売される事になりました。
しかし営業が動かないのですから当然、主要レコード店以外の店には並びません。
結局番組内のレコードプレゼントのアナウンスだけが唯一の宣伝となりました。
ただこの「野生の王国」は、先にも触れたように、高視聴率の全国ネット番組でしたので、毎週金曜日のゴールデンタイムで番組の冒頭に入る、「愛のシンフォニー」作詞、作編曲 歌、羽岡仁、のテロップの効果は大きく、その後の私の人生を思わぬ方向に向かわせる事となりました。
さて、放映開始後に待っていた事態とは…。
またもや続きは次回をお楽しみに、何卒よろしくお願いいたします。

羽岡仁

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