ロシア軍が撤退した後のウクライナ、キーウ近郊の町では、民間人に対しての、目を覆い、耳を塞ぎたくなるような残虐な方法での無差別大量殺戮が報道されています。
この事態は、世界が大きなカオス(混沌)として私たちの前に現れたという事ではないかと思います。
私たちは、ウクライナの人々の悲しく尊い犠牲から、1人1人が愛を中心にした新しい生き方に変わり、未来へと向かう新しい世界を作っていく事を強く求められているのではないかと思います。
何があろうと発見と気づきのある、素晴らしい人生を生きていくことを呼びかけられているのではないかと思っています。
さて私はシンガーソングライターを始める事にしました。
それは前回にも触れたようにやっと何を歌いたかったかが心に落ちたからです。
遡ってみると歌を作るきっかけはビートルズでした。
それは高2の夏、「We can work it out 」を初めて聴いた時、歌の中の「Life is very short and there’s no time 」というフレーズに衝撃を受けました。
それまでも歌になってないような歌は作っていましたが、その日以来、何か大きな力で背中を押されるように歌を作り始めました。
それまで私はメロディーに惹かれて音楽を聴いていたのですが、そこからは詞曲がセットになって、「歌」を聴くようになりました。
そして作るようになりました。
ちょうどその頃、テレビで見たベトナム戦争のニュース映像がトラウマのように心に焼きついてしまい、歌の内容とは関係なく「Life is very short and there’s no time 」のフレーズが一緒になってグルグル回っていました。
そして、その後ビートルズの歌の内容はどんどん深くなっていきました。
そんな日々を送る中で、初めて「Hey Jude 」を聴いた時、その途端、胸から込み上げてきて、訳のわからない涙が溢れてきました。
一体これは何なんだろう、と毎日考えていました。
私は9才で父を亡くしてから結構厳しい日々が続いて、泣きたいけど泣くと余計に厳しくなるので、俺はもう泣かないと決めていました。
それがそのうち癖になって、涙は出なくなっていました。
なので、悲しくない涙の意味がよく分かりませんでした。
実は私にはもう一つどうしても涙のスィッチが入ってしまうものがありました。
それはイタリア映画、フェリーニの「道」、ニーノロータ作曲のテーマ曲「La Strada(道)」でした。
父は何故か小1ぐらいの私を連れてこの映画を観に行ったのです。
内容はよく分からなかったけど泣きました。
今になってみると、「We can…」は「人生は短い、時間はない、」と歌い、「Hey Jude」は歌の中に「分かるかい それは君なんだ さぁジュード 君にはきっとできる 君に必要なやるべきことは 君自身の肩にかかってるんだ」というフレーズがあり、「道」は出会いと別れの何とも言えない切なさが歌われるメロディーです。
つまり私は、何とも愛おしい人間の人生に感動していた訳ですが、それが理解出来なかったにもかかわらず、無自覚なままに本物の人生の歌を作りたい、人生に訪れる感動を歌いたい、と思っていたという事でした。
しかしその後すぐにビートルズは解散し、私のお手本はバラバラになってしまいました。
感動も知らず、ましてや何を歌いたいのかも、この人生の目的も分からず、何を果たしたいのか全く分からないまま、私は青春の暗闇の中をさまよっていました。
それでも諦められず、無意識のうちに本物の人生の歌を探し求め続けていました。
その頃時代はフォークソングが全盛を迎え、猫も杓子もギターを抱えて、シンガーソングライターだらけの世の中になっていきました。
普通にいけば、私もその中の1人だったと思います。
しかし、私はどうしてもその流れには乗っていけませんでした。
ライブに出ても、醜いアヒルの子状態で、明らかに浮いていました。
その頃から私の心に「人生の本当の意味を知りたい、私は何のために生まれ、この人生で何を果たしたいのだろう」という想いが通奏低音のごとく響き続けることになりました。
その想いは少しずつ成長しながら今も尚響き続けています。
そんな中で、またしても偶然のごとく出会いが訪れました。
そしてそこから大きく事態が動いていく事になりました。
そのお話の続きは次回のお楽しみに、
何卒よろしくお願い申し上げます。

羽岡仁

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