ゴールデンタイム

自然は寡黙で雄弁で厳粛です。
午前4時~6時、この約2時間が、今の私にとって一番大切な時間帯になりました。
先ほどまで夜が支配していたとはまったく思えないほど、新鮮な朝の気配が広がってゆきます。
目を開くときの期待値がどんどん上がっていって頂点に達します。
そして静かに目覚め、ゆっくり仕事部屋に入って、ピアノに向かいます。
35~6年前まで、特に定めた時間もなく、仕事が入ったらその日からいつどこででも書く、というスタイルで、時には徹夜して朝までかかって仕上げ、そこから1~2時間眠って、起きて、スタジオに行って、録音したりしていました。
専門学校で講師もしていましたから、少ない休憩時間に書いたり、
またある時は新幹線の車内で書いて、ぎりぎり間に合った事もありました。
本当に薄氷を踏むがごとき日々の40年間だったと思います。
ある日、何かに書かれていた武満徹さんの、「夜12時を過ぎたら仕事をしない」という文章を読んで、非常に思い当たるところがあり、それからは、時間がある時は夜12時までは仕事をして、その後はたとえ途中でも書く事は止める、とは言っても、〆切が迫っていればそんなに悠長な事は言っていられませんでしたが、少しでも余裕がある時はそのようにしている内に、気がついたら、私はすっかり朝型人間に変わってしまいました。
創作に携わらせていただくようになってから、本当に日一日と自分が創れるものなど一つもない、という実感がより一層確かになっていく日々の連なりでした。
考えてみれば、元々全部本に書かれていた事を勉強したわけで、
音楽の知識も技術も自分のものではないし、テーマもその内容も、すべては、オーダーを受け、さらに言うなら、既にこの無限の宇宙に描かれている青写真にアクセスして、具体的な形の示唆をも与えていただいて、私はそれを聴くことができる次元に表させていただいてきたに過ぎません。
それが実態で、私はその最後の工程に携わらせていただいている、というのが正直な感覚です。
それには、武満徹さんが言われていたように、人々が寝静まった夜中の波動は静かで弱く、相対的に「自分が作る曲」(という錯覚)は凄いと勘違いしてしまう危険を感じますし、その上に、夜が明けた後で聴くと、孤独な弱いエネルギーしか、感じられない事が多いのも事実で、私も何度となくそうした失敗を経験してきました。
さて、ここへ来て暑さを残しながらも、夏は既に過去に去ろうとしています。
今、私は気を取り直して、このまさかの時代に打ち勝つ心に響く曲、人々が希望を持ち、勇気を奮い立たせる曲に挑戦しようと思っています。
なので、今私にとって、毎朝の4時~6時はゴールデンタイムなわけです。
私自身にとって、人生の「ハリ」であり、弱気を吹き飛ばすルーティンワークなのであります。
毎日、暗い世相や理不尽な出来事を見るたびに、「負けるな、逃げるな、捨てるな、諦めるな」と我と我が身に喝を入れて頑張っています。
確かにこの仕事は、簡単ではないかもしれません。
気力、体力が充実していなければ続けていく事は難しいと思います。
しかし、これから私は、老人の肉体を持つ青年で生きようと思っています。
それは、この世の最後の時になっても変わらず、老人の肉体を脱ぎ捨てて、明らかな青年として、鮮やかにあの世に旅立つ予定にしています。
その時はどうか拍手とスタンディングオベーションでお見送り願えればと存じます。
私は何度か、アンコールにお応えしますから、スピリット全開でお聴きいただきますように、
何卒よろしく、お願い申し上げます。

羽岡仁

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