嫌な事はなるべく避けたいと思っていましたが、父の亡き後、出会いたくない出来事の毎日が何年も続いて、20才になる頃には、自分は苦しむために生まれてきたんだ、と思うようになっていました。ですから音楽は現実逃避のためのものでした。
ところが、音楽が仕事になってからは、音楽は逃げ場ではなくなってしまい、特にフリーになってからはシビアな要請に応えなければ生活できないという現実に毎日対面しなければならなくなりました。
それはまさに試練の連続でしたが、今になって振り返れば、その時代に、相手や仕事を変えようとしないで、「私が変わります」を続けたことが、結果的には世界を広げ、完全なノンジャンルになり、この歳になっても音楽を続けさせてもらえる人生にしていただいたと思っています。
試練が来たら私が変わります
まだまだ音楽します
まだまだ作ります
まだまだ歌います
よろしくお願いします
羽岡仁